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雪 ────蘇宅ノ一日────

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廊下の壁を伝ってやっと、よろめきながら歩いていた。

「飛流?」
黎綱の声だった。気持ちの悪さも加わり、黎綱の顔を見ることすら出来ない。
「どうした飛流?間もなく飯だぞ。」
━━━吐きたい━━━━
「飛流!!」
飛流はずるずると、壁にもたれたままうずくまってしまった。

黎綱は慌てた。こんな様子の飛流は見た事がない。
自分が知らぬ間に敵が来て、毒にでもやられたのではないか。黎綱の頭をよぎる。
「飛流、どうしたのだ。」
「飛流!」
飛流の体を支えると、まるで力が入らず、ぐったりとしているのだ。
=====熱い、、、身体が、、。=====
=====熱があるのか?========
額に手を当てると、高い熱の様だった。
青白い顔をして、意識も虚ろである。
=====ただ事ではない。======
黎綱は、飛流を抱え上げる。毒ならば早く解毒せねば、取り返しがつかぬ。
猛者や手練や大男に、百戦錬磨の飛流ではあるが、武術の達人とは思えぬほど、
=====軽い、、、、、。======
この体で、江湖の猛者と渡り合い、あの怪力を出すのだ。改めて違和感を覚える。
「晏太夫の所に連れて行くからな。大丈夫だぞ。」
「しっかりしろよ!!」
黎綱は急いで晏医師の所に運んでいった。


飛流は風邪をひいたようだった。
今日は陽射しもあったが、風は冷たかったのだ。ずっと外にいて冷たい風に吹かれ、それでも遊び続けていたのだ。
あまり、具合が悪くなったりした事は無いのだが、今日は雪に夢中で、身体が冷え切っていたのも気づかなかったのだ。
=====まったく人騒がせな。=====
=====そんなに面白いものか?雪が、、。=====
飛流を抱き抱えて、充てがわれた部屋に入ると、ありがたい事に、誰かが布団を敷いていてくれたようだ。
布団に寝かせてやる。
靴を脱がせ、手甲やら帯を外し、武装を解いてやったが、体は力が無く、黎綱のされるがままだった。
まさか、飛流の面倒を見る事になろうとは、、、。
いつもの飛流ならば、黎綱に体を触れさせたりはしない、それだけ具合が悪いのだろう。

宗主も、風邪をひいただけと分かると、ほっとした様だ。
ちゃんと良くなるまで、休ませる様に言われた。


晏医師に出された薬剤を煎じて、飛流の寝る部屋へと運んでゆく。
量にすれば、器の薬はほんのふた口ほどなのだが。
=====折角用意した薬だが、飛流は薬なんぞ飲むだのろうか?=====
薬はもとより、飛流が苦味のある食べ物を口にする所など、見たことがなかった。
吉さんが、口直しに甘い物を、、、果物の干した物だろうか、、、一緒に添えてくれた。
これ食べたさに、飲んでくれれば良いのだが。
治さねば、宗主の側に行けなくなる、と、言ったら、嫌々でも飲むだろうか。


飛流のいる部屋に入る。
晏医師から見てもらった時には、仰向けで寝ていた。
だが今は、布団をすっぽり被って、中で丸くなってでもいるのか、頭は見えず、布団の真ん中が山のように膨らんでいる。
「ほら、飛流。」
「薬だぞ、飲めば楽になるぞ。」
布団の天辺を揺すってみたが、何も反応がない。
=====何とか飲ませねばな、、。======
まぁ、病人に薬を飲ませるのは慣れている。
布団をゆっくり剥いでみれば、寒いのか、やはり丸くなって寝ていた。
後は抱き起こして、飲ませるのみ、だ。
まだ、体は熱があり、ぐったりと力が無い。
「飛流、これを飲んで治したら、宗主から誉められるぞ。」
朦朧としているようだが、宗主と聞いて薄目を開けた。
「よし、飲め。飲めたら吉さんからのご褒美もあるぞ。」
黎綱は飛流の口元に器を付け、ゆっくりと口に含ませたが、、、その途端、吐き出した。
「あっ、飛流!」
黎綱の腕の中でじたばたと暴れ、黎綱の手の器ごと、残りの薬も布団の上にぶち撒かれた。
飛流は、虚ろに布団の端を掴んで、布団の中にすっぽり入って、また中で丸まってしまった。
「おい、飛流、、。」
こちらに背中を向けて、拒絶しているのだろう。
布団の上から静かに揺するが、構うほどに体に力を入れて、中でどんどん固まって小さくなるようだ。
布団から、束ねた髪だけが出ていたが、その髪もぎゅっと中に入っていく。
黎綱は、この様な事になるのは、何となく予想がついたのたが、、、、。
風邪だと言うし、おそらくこのまま大人しく寝ていれば、熱は下がるかも知れない。
金陵に来てからというもの、皆、気が休まらなかった。
皇太子が、長蘇の刺客に、天泉山荘の卓荘主親子を使い出したあたりからは、寧国侯府に滞在していた事も相まって、長蘇の周りの緊張感は高まった。
特に飛流は、いつどこから来るか分からぬ刺客に気を回さねばならず、纏まった時間を、深く眠る事などなかったのだ。飛流の疲労は相当なものだったろう。
そこに来てこの雪に喜び、疲れた体は寒さに晒されたのだ。風邪をひいて当たり前だ。
「飛流、熱が下がるまで、ゆっくり休め、宗主かそう言っておられたぞ。」
「暫くここの警護は、私や他の者がやるから、ゆっくり寝て治せ、、、な?」
黎綱は、ぽんぽんと軽く布団を叩き、そっと部屋を出る。
この朦朧とした状態の飛流では、外に出るなど考えられぬ。安静であれば、体も休まり癒えてゆくだろう。
だが、薬も飲まぬのだ、今宵は幾度が様子を見ねば、黎綱の気持ちも休まらない。



━━━苦い!!━━━

━━━苦いwwwwww━━━━
こんな苦い物は、薬ではない。
長蘇の飲む薬だって、こんなに苦くは無いのだろうと、飛流は思っていた。
なぜならば、幾らか苦そうに眉をひそめるが、長蘇はぐっとひと息に薬を飲んでしまうのだから。
晏医師は、きっと飛流に意地悪く特別に苦い薬をよこしたに違いないと思っていた。
━━━寒い、、。━━━━━
━━━痛い、、、。━━━
━━━、、、、苦い。━━━━━
ずっと、体のあちこちが熱のせいで痛かった。
そしてまだ残る、口の中の苦味。

身の置きどころが無いほどの、気分の悪さをどうする事もできずに、また、いつの間にか眠りに落ちていった。

いくらか、まどろんだろうか、、、、。
突然、部屋の戸が、勢い良く開いた。
「飛流!!風邪だと??」
「だから、金陵なぞに行くなと止めたのだ!!」
「言うことを聞かぬからこんな酷い目に遭うのだぞ!」
━━━藺哥哥━━━
このまま、布団を被ってじっとしていよう、と思った。
今は具合が悪いのだ、少しは優しく扱ってくれるかもしれない、と思った。だが、、。
「ほら、薬を持ってきたのだそ、飲め。」
そう言って、布団をはぎ取ろうとする。
必死で布団に掴まっているが、藺晨の前に、病の飛流の力など、たかが知れている。
呆気なく剥ぎ取られてしまった。
「ほら、飛流。」
「沢山持ってきたのだ。」
「飲み干すまでは解放せぬぞ。」
そう言って、高笑いをする。見れば藺晨の横には、一抱えもある大きな瓶があり、瓶いっぱいに薬が入っている様なのだ。
━━━死んじゃうよ、、。━━━━
あんなに沢山、苦い薬を飲まされたら、体がどうにかなってしまうに違いない。
藺晨の薬は、晏医師のよりもずっと苦そうである。
そしてきっと、本当に飲み干すまでは許さないに違いない。