雪 ────蘇宅ノ一日────
「、、、、、、、うん。」
一度返事はしたものの、慌てて首を横に何度も振った。実行されたら堪らない。本当に薬入りの瓶を持って来かねない。
「嫌だ、ダメ!」
「なら、少しは聞かねばな。」
「、、、、む〜っ。」
飛流は承諾したのだろうか。
=====こんな所で藺閣主の名を、出すとは、、、、。
あの方にはこういう使い方があるのか。=====
黎綱の話に、聞く耳を持たない飛流には、少々手を焼いていた。黎綱は、いつかコレは使ってみねば、と思った。
長蘇は、皿にのった二つの餅のうち、一つを指でつまみ、皿にのったままのもう一つを飛流に渡した。
「薬だ。」
喜ぶ飛流に、長蘇の目も細くなり笑顔が綻んでいる。
「飛流には薬か。そうかも知れぬな。」
飛流は餅を一口で頬張ったまま、立ち上がって、また外へと出て行ってしまった。
「黎綱、お前は藺晨の名を出して、言い含めたりするなよ。」
長蘇が、外を見ながら言った。
「はい?」
「使う気満々だろ?。」
「顔に書いてあるぞ。」
読まれていた様だ。こう言われてしまっては使えはしない。
そして、指につまんだ胡桃の入った餅を、黎綱に向けた。
「食うか?」
これも読まれていたのだろうか、と、思わず右手で自分の頬を触った。
黎綱の分は、今日もとっくに飛流の腹に収まっていた。
「私は結構です。宗主がお食べください。」
「そうか?」
笑いながら、食べる、一口でという訳にはいかなかったが。
黎綱は空の皿を盆に上げ、一礼して、書室を後にした。
飛流は、残り少ない雪でまた遊んでいる。
何とも長閑な光景だった。
吉さんの所に皿を返しに台所に向おうと、中庭に背を向けて廊下を奥へと進む。
突然、背中にかなりな痛みが走る。
「痛ぅぅっっ、、、、。」
辺りを見ると、雪の玉が落ちている。振り返れば庭に立ち、雪玉を持った飛流が笑っていた。
「飛流!!!」
大きな声を出したら、慌てて逃げて行ってしまった。
「覚えていろよ!!!。」
並べた雪玉の一つをぶつけてよこしたのだろう。
だが、不思議にも痛かったのだが、悪い気はしなかったのである。
足元の雪玉を廊下の下に蹴り飛ばし、ふっと笑っていた。
策謀を巡らす長蘇の心にも、殺伐としたササクレの様なものがあるのを感じていた。
復讐の只中で、幾らかでも笑いが零れる、ひと時があるのがほっとするのだ。
長蘇はきっと、書室で笑っているだろう。
それにしても痛かった。多分痣になるだろう。
今日の飛流は、黎綱の言うことを聞くかどうか。
今夜の飛流は熱を出さぬかどうか。
=====熱が出たら、藺閣主は飛んで来るかな、、、。=====
あと一刻もすれば、日も暮れてしまうだろう。
蘇宅の一日も、また過ぎてゆくのだ。
─────糸冬──────
作品名:雪 ────蘇宅ノ一日──── 作家名:古槍ノ標