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雪 ────蘇宅ノ一日────

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黎綱に促され、長蘇も自分の布団の中に入る。黎綱がそっと、掛け直してくれる。
やがて、一礼をして黎綱は部屋を去る。

冷えたという、飛流の体だが、長蘇には温かく感じる。
温みを失った自分の体。
誰かに守ってもらわねば、自分一人さえ生きてはいられぬ。
目の前に伏す、純真なこの少年に、こうして命懸けで守ってもらうのだ。
無理強いした訳でなく、この子の自分への好意を利用しているのだ。
────一体、私は、何をしている、、、、、。───
この復讐の最中に、何かを切っ掛けに、ふと、我に返る瞬間があるのだ。
────復讐の名目で、かけがえの無い大切なものを、、、、私は、利用するのか。────
長蘇は、あの赤焔事案の関係者だけで、全てを果たそうと思っていた。
金陵と琅琊閣とを、行き来したいと言う藺晨の申し出を、断った。あいつは赤焔事案の関係者ではない。
なのに、飛流だけは連れてきた。

────私が考え、そして実行するこの謀り事。
汚れた血は、事を謀った私が浴びれは良い。
これだけ割り切って、全てを背負う覚悟も決めた。────

たが、時々、今のように、自分が何処に立っているのかが解らなくなる。

こらえきれず、、全てを、投げ出したくなる。

何が正しいのか、道は間違っていないのか、、、、、無用な犠牲につながらぬのか。
焦燥感、、なのか。
突然、立ち位置が変わったような、、、こんな感情が湧いて来るのだ。
そして、不安でいっぱいになるのだ。
、、、、迷い、なのだろうか。

────七万の赤焔軍を率いた、父、林燮にはこんな事は無かったのだろうか。
主帥林燮は、迷いなどは一切見せずに戦いに挑んでいった。例え戦況が悪かろうと、初めから歩の悪い戦いだろうと、赤焔軍の中心に立ち、強い意思で戦の流れを我らに引き込んだのだ。
赤羽営を率いた私も、主帥の意思を読み取り、主帥の思う様に戦が運ぶよう、赤羽営を率い戦場を駆けたのだ。
あの時の父には、一切の迷いなど感じられなかった。
だから、他の配下や私にも、迷いは無かった。────

────あの時と、何が違うのか。────

────ただ、赤焔事案の再審を求め、真実を明かしたい、ただそれだけなのだ。────

────迷ってはならぬ、─────
────少しの迷いが、私だけでなく、事案の再審を望む皆に影響するのだ、────
────最少の痛みと、私に残された時間で、事案を覆さねばならぬのだ。────


────だが、策謀を巡らす自分が、嫌になってくるのだ。
こうするしか無いと分かっている謀り事でも、、、、どうにも嫌になる。

姿を変え金陵に戻り、そしてここで策謀を巡らせ、、、、赤焔軍を陥れた奴等と私とが、まるで同じ次元を、しのぎを削って共に生きている様で、、、、、嫌になる。
嫌で仕方が無いのだが、ドップリと骨の髄まで浸からねば、謀り事に綻びが出てしまうだろう。

まるで初めて聞いたかのようにシラを切ったり、私を待つ人に名乗れなかったり、大切な人の窮地にもかかわらず、表立って助ける事も出来ず、助ける為にまた策謀を巡らすのだ、、、。大義の為には已む無い、と分かっていても、やり切れなくなるのだ。

嫌だと思う心を殺し、骨まで浸かり切ると、もう、林殊には戻れぬ様に思えて、、、。

今、飛流だけが、この私を真っ当な自分に、策謀にまみれぬ自分に引き戻してくれる。
無垢なこの子だけが、、、、。
私の半身の様な存在なのだ。
かつて、自由に動けた私の様な、、、、、。

この子が傍にいれば、自分を失わず、間違わずに道を選んで行けるような気がするのだ。


藺晨には、飛流を連れて行く事を反対された。この子が私の手先になり、刺客として動くのを、危惧しているのだろう。
私は奴等の血で、飛流のこの手を汚させたりは絶対にせぬ。
飛流は、私に襲いかかる刺客を払い落すだけなのだ。

だからこの子は、私が尽き果て消えてしまっても、善良に生きられる、、、
、、、、何もしていないのだから。────

────闇と穢れの全ては、、、私が、、、、。────


飛流から、規則的な呼吸が聞こえてくる。長蘇の側にいて、安心して眠りに落ちているのだろうか。
病にもかかわらず、侵入者と闘った。疲れて眠るのは当然だった。
隙間から見える、飛流の満ち足りた寝顔を見ていた、、、、。一筋、熱いものが零れたのを感じた。

────なぜ泣く、、、。───

────案外、弱いな、、、、私は。────

林殊ならば、こんなに脆くならずに立ち向かえたろうか。
林殊ならば、何も迷わずに闘っただろう。それが、どんな影響を及ぼすかも分からずに。

────若かったからか、、、、。
怪童だの、負け知らずだの言われていたが、何も分からぬ子供だったのだ。──────

────だが多分、あの頃はあれで、良かったのだ。─────

そして、恐らく多分、今もこれで良いのだ。
このままこの道をゆけば良いのだ。

長蘇は自分の頭を飛流の頭にそっと付ける。飛流は目も覚まさず、ぐっすりと寝入っている。
「飛流。」

────もう少しだけ、哥哥を助けてくれ、、、、。─────

まだ、夜も更けぬ。朝までは暫くある。飛流は夜が明けるまでは、ここには居るまい。
長蘇は眠れぬかも知れぬ。
────もう暫く、、、、このまま、、、、。──────
幾許かの安らぎを得る。





翌日の朝は冷え込み、そこら中の物が凍りついたが、日が昇るにつれ、陽射しは強く暖かくなっていった。

飛流は懲りずに朝から外で、また雪と氷で遊んでいた。

黎綱は書室に午后の茶菓を運んでいった。
火鉢の前に黎綱が、長蘇と向かい合わせに座る。
「昨夜はあれだけぐったりしてたのに、また懲りずに遊んで、、、。」
黎綱から愚痴が漏れる。
あちこちから溶け切らずに残った雪を集めて、雪の玉にして石の卓の上に並べていた。
溶けていくのも面白いのか、、、、。
その様子が、開け放たれた書室の中から見えるのだ。
「まったく、、、だいぶ高い熱だったのに、私が侵入者に対応しようと出て行ったら、あら方終わってましたよ。」
「刺客と言うよりは、偵察に来た様だったんですが、二人でしたからね。」
「大した子ですよ。」
黎綱も今回は心配したようだ。それ程眠っていないようだった。
飛流は知るまい。
「飛流───。」
書室から長蘇が呼ぶ。
飛流が気付いて、雪玉並べを止めて書室に入る。そして、ちょこんと長蘇の隣りに座るのだ。いつもの通りの飛流である。この姿からは熱でぐったりとした飛流なぞ、全く想像出来ない。
「飛流、雪遊びも程々にしろよ。また今晩、熱が出ても私は知らぬぞ。」
黎綱はぴしゃりと言ってやった。
「元気だよ。」
飛流がふくれた。
長蘇が、
「黎綱は、心配しているのだ。分かるな。」
「、、、、、、、うん。」
「昨日は、飛流の薬を煎じたり、世話になっていたのだ。」
「、、、、、、、うん。」
飛流は、説教めいた事になると、途端に上の空になり話も流してしまうところがあった。
今、これはもう話が届いてはいない。
「少しは黎綱の言うことも聞かねばな。」
「、、、、、、、うん。」
「、、、、、、今晩熱が出たら、藺晨を呼ぶぞ。」