DEFORMER 2 ――キズモノ編
それに……。
「こんな身体で……」
瞼を下ろした時、シャワーの音が聞こえてきた。
あそこも水が流れていた。ずっと水音が聞こえていた。
いや、水だったか?
あれは、鉄臭い、血だったのではないのか……。
やめろ、と言った。
心の底から、やめてくれと言った。
切断された人間の肉が、ぴくぴくと痙攣している。部分だけになった人間の身体であったものが、蠢いている。
何人分だ。
そんな疑問を思った。
ガラスケースの結界の中に捕らわれ、私はおぞましい光景を見ているしかなかった。
繋ぎ合わされる蠢く部位。
ただの肉塊が、だんだんと人間の形になっていく。
だが、それは、人間でなど決してありえない。
人造人間とでも呼べばいいというのか。
継ぎ接ぎだらけの肉体が、いったい何になるというのか。
それを私に見せつけて、どうするというのか……?
『さあ、できた』
魔術師の声が聞こえる。
『できたよ。君の身体だ』
な……んだと?
『やっと受肉できるね。待ち遠しかっただろう』
待ってなどいない。何を言っている……。
『サーヴァントの霊力に耐えられるよう、優秀な魔術師の肉体を使ったよ、君のためにね。もちろん、喜んでくれるだろう?』
捕らわれたガラスケースの中で、身体など不確かなはずなのに、身体の底から震えが駆け抜けた。
やめろ……。
継ぎ接ぎの肉体が、ぐでん、と納まる四角い装置の上にガラスケースが移動していく。真下に青白い肉がある。
やめろ……、やめろっ!
装置の上に設置されたガラスケースの底が開く。
やめろ、やめろ、やめろ、やめろっ!
信じられない、気持ちが悪い、おぞましい、悪寒が止まらない……。
だというのに、私はその肉に押し込められていく。
気が狂う。
こんなもの、正気の沙汰じゃない。
こんな身体、拒絶する。
冗談じゃない。
オレは、こんな化け物に、なりたくないっ!
気がつけば、ケースの中で浮いていた。
身体は……、剣などではない。
この身体は、腐った肉でしかない。
誰か……。
こんなもの、廃棄してくれ……。
こんなおぞましいものは、あってはならない……。
こんな……、こんな……ものは……。
再び気がつけば、少女を襲う男がいた。
その男を追い払い、まみえた少女の琥珀色の瞳は、どこまでも澄んでいた。
彼女が見つめてくれるたびに安堵する。
真っ直ぐに私を見つめてくれる眼差しにうれしくなる。
それが、まさか、お前だったとは……、衛宮士郎…………。
***
「そうだよな……」
勃つわけがない。
こんな半端な身体で、俺が衛宮士郎だってわかっていて、アーチャーがその気になるはずがないんだ……。
涙が落ちた。
なんで、俺、泣いてるんだ?
情けないのか?
まあ、確かに情けないと思う。こんなことになって、自分でどうすることもできなくて、アーチャーに、ろくな魔力も流せなくて……。
胸が痛い。
締めつけられるように苦しくて、痛い。
手で口を押さえた。
嗚咽を漏らさないようにして、シャワーの水音でかき消して、ただ俺は、泣いているしかなかった。
アーチャーはますます俺を避けているように思う。
話すこともないし、もう俺には、アーチャーの進退をどうこう訊く気力もない。
その間にもアーチャーの魔力が減っていくのがわかる。窓際から動くことすら億劫そうだ。
三度の食事でも賄えない魔力は減っていくばかりなんだろう。
(供給しないと……)
だけど、アーチャーは、俺に触りたくもないだろうし、どうやって魔力を渡せばいいんだ……。
虫唾が走る俺の身体に触れずに、どうにかして魔力を供給する方法はないだろうか?
そういえば、俺の血を舐めてアーチャーは俺に魔力があると気づいた。
だとしたら、血?
血を、飲ませればいいのか?
でも、どうやって?
造血剤でも飲ませれば……、あ、いや、貧血じゃないんだ。血が必要なんじゃなくて、魔力が必要なんだった……。
食事に混ぜるか?
俺の血を味の濃いものに混ぜれば摂取できるかもしれない。
とりあえず、トマトジュースにでも混ぜてみようか……。
けど……、気づくよな……。
魔力が混じってるんだ、味は誤魔化せても、魔力を誤魔化すことはできない。
座に戻ることをアーチャーが望んでいるんなら、このまま……。
(まただ……)
重い漬物石でも胸に乗せられているみたいに苦しい。
同じ空間にいることが辛くて外に出た。
当てなんかない。買い物する気もしない。ただ、あの空間にいられなかった。
アーチャーは居心地の悪さしか感じていないんだ。
俺がいると気が休まらないだろう。
魔力が減って、アーチャーは動けない。だったら、俺から距離を取ってやらないとな……。
今の俺にできることといえば、これくらいだ。
供給してやりたいのは山々だけど、あいつが拒んでるのに、無理になんてできないし……。
「どうすれば……いいんだろうな……」
ヤシロなら、受け入れるんだろうか?
俺じゃなく、ヤシロなら、アーチャーは……。
唇を噛みしめて、ただ俺はマンションから離れようと必死だった。
***
衛宮士郎は出かけていった。
買い物だろうか……、それとも何か……、ああ、いや、買い物だろう。今は凛もセイバーも日本にいない。誰とも会うこともない。同級生になど会えるはずもなく、自宅に戻ることもできない。
あの身体では……。
片膝を引き寄せる。
身体が重い。
魔力が足りない。
押し込められた身体が鉛のようだ。いっそこんなもの捨て去って、さっさと座に戻ればいい。
そう思うのに、私はそれを望まない。
(まだ……)
ここにいたいのだ。ヤシロの……、いや、衛宮士郎の傍にいたい。
疎まれていようとかまわない。私は、もう一度、触れて……。
(だめだ……)
この身は、私のものではない。
あんなおぞましい、あんな穢れたもので、衛宮士郎に触れるわけにはいかない。
触れたくて仕方がないというのに……、触れられないとは……。
「ヤシロ……」
私は戻りたいのだろうか?
あの籠の中に。
ヤシロとまた籠の鳥で過ごしたいなどと思っているのか?
記憶を失って、斬り合ったことを捨て去って、睨み合ったことも忘れて……。
どうも、考え方が後ろ向きになっている。
魔力が減っているからか、ヤシロのことばかりを思い出す。
私を受け入れたあの身体が、どうしよもなく欲しい。
衛宮士郎だということも忘れて、抱きしめたいというのに、この身体が己のものではないためにそうもいかない。
もう座に戻るしかないのか。
もう私はここに存在してはならないのか。
衛宮士郎は、私を必要とはしないのか……。
ならば、座に還る前に一度でいい、フリでかまわない。愚かだと後々蔑めばいい、たった一度でいい。
ヤシロとして、私を受け入れてくれ……。
DEFORMER 2 ――キズモノ編 了(2017/5/24)
作品名:DEFORMER 2 ――キズモノ編 作家名:さやけ