DEFORMER 2 ――キズモノ編
ちら、と士郎とは距離を取っているアーチャーを垣間見る。
仲良く、とはいかないだろうけど、そんなあからさまに、って思うんだけど……。
士郎もアーチャーも、素直じゃないし、頑固だし、そうなるのはわかるんだけど、顔を合わすと睨み合うとか、やめてもらいたいわ……。
「ねえ、セイバー」
こそ、とセイバーに耳打ちする。
「ええ、いいですね」
セイバーは、こくり、と頷く。
飛行機ではあの二人を隣同士にしようと決めた。
***
むっつりとして私を見ている。
それはそうだろう、私も同じ気持ちだ。
そして、同じく私もムッとした顔でこいつを見ている。
「そこ、険悪にならないの!」
かつての主・凛は、ビシッと我々に指をさして言い切る。
だったら、座席を交代してくれないものか。
なぜこいつと隣り合わせで座らなければならないのか。
帰国のために乗った飛行機は残席僅かで、どうにか搭乗できたものの、こいつと並んで、しかも窓際に押し込められて、狭苦しいことこの上ない。
こいつはこいつで、仏頂面なまま、私と隣り合う座席で極力離れようと通路側へ寄って座っている。
最後列で二つ並んだ我々の座席と、凛とセイバーが並んで座る座席は少し離れていて、どう考えても、私かこいつが彼女たちのどちらかと交代すれば問題ないと思う。
「……平気なのか」
ぼそり、とこぼれた声は、少し掠れている。そして、以前よりも高くなっているとわかる。
こいつは、拉致された後、性転換され、私はといえば、受肉している。
どちらも納得しているわけではない。我々は揃って被害者だ。情けなくもあり、腹立たしい。
耐魔力の低さでは折り紙つきのエミヤシロウでは仕方がない、とは、凛の言だ。むしろ、その程度で良かったというのだから、あのミュージアムの持ち主、つまり、あの館長という者――私を受肉させた張本人は、どれ程の罪を犯しているのか、そら恐ろしい。
「なあ、訊いてるだろ、大丈夫なのかって」
苛立たしげに言うこいつに目を向ける。
「何がどうと明確にせず、いきなり大丈夫か、などと訊かれても、どう答えればいいものかわからんな」
「……っ、ま、魔力だよ!」
「は?」
本気で驚いた。
こいつは、こうなってまで、私の魔力を心配している?
呆れた。
今は、それどころではないだろう。
お前は、性転換されているのだぞ?
これからどうするか、と悩むところではないのか?
「望まぬ受肉だが、魔力消費は抑えられる。貴様の雀の涙のような魔力量でも問題ない」
「わ、悪かったな! 雀の涙で!」
フイと向こうを向いた首筋に赤い鬱血を見てしまい、舌を打つ。
(くそ……っ)
私は何を調子に乗って直接供給などしたのか……。
ため息をつき通しだ。
全く以て腹立たしい。己自身にも、このたわけにも。
機内壁に寄りかかり、私も極力離れようと試みた。だが、私の体格でエコノミークラスの座席では、隅に寄るのも限られる。
夜空の景色などなんの変哲もなく、すぐに飽きてしまうが、窓から顔を逸らすことができない。正直、隣に座るこいつを見るのはいたたまれない。
私に背を向けるこいつも、同じように感じているのだろう。
記憶がない状態だったとはいえ、魔力供給という名の性行為をした。
今、思い出しただけでも、泡を吹いて死ねそうだ。いや、私はこれ以上死ねはしないが、気分の問題だ。
衛宮士郎だと知っていれば、あんなことはしなかった。互いに、いや、どちらかの記憶があれば、あれはなかった話だ。
そうだ、記憶がなかったから……。
「…………」
本当に、そうか?
仮に私だけが記憶を持っていた場合、私はもっともらしく言いつつも、結局は行いそうだ。
あそこにいたこいつは……、ヤシロが、可愛かったのは……、確かなのだ……。
「…………っ」
片手で顔を覆い、もう、項垂れるしかない。
ため息を幾度吐いても、おさまらなかった。
***
最悪だ。
何が最悪って、全部だ、全部。
何考えてんだよ、俺!
なんだって、アーチャーなんだよ!
殺し合ったんだぞ?
命懸けたんだぞ?
そいつと、いくら記憶がないからって、何やってくれてるんだよ、俺ぇっ!
もう、こいつの顔、見れない。
いや、近くにいることすら、耐えられない……。
「…………」
でも、アーチャーも、そうなんだよな……。
きっと、無かったことにしたいはずだ。
けど、何も言わないのは……、言い出した方が負けってことか?
そうか、そういうことか。無かったことにしようって言った方が負けなんだな。
よし、絶対言うものか。
こいつには、絶対に負けられない。
少し、頭は冷えた。
問題は、こっちだ。
身体が勝手な動きをする。アーチャーが傍にいるだけで、心臓がうるさい。
これはダメだ。勘づかれないようにしないと、俺の精神衛生上も、俺の今後のためにも……。
こいつの低くて甘い声が耳にこびりついてるなんて、最悪だ。
たくさん最悪なことはあるけど、一番は、これだな。
アーチャーを……、好きだなんて思ってしまったことだ…………。
もう、誰か、俺を埋めてくれ……。
何かやらかす前に、何か、後戻りできないことを、俺がやってしまう前に……。
長時間のフライトなのに、全然眠れない。隣に座るアーチャーもたぶん、いや、当たり前に寝ていない。サーヴァントに睡眠なんてものは不要だ。
いい加減、端に寄っているのにも疲れてきた。倒した背もたれの通路側にしがみつくようなおかしな格好が祟ってるんだろう……。
わかってるけど、やめるわけにはいかない。
僅かでもこいつの方に寄っていくとか、無理だ。
不意に肩を掴まれる。
なんだ、と文句を言う前に、強い力でごろんと身体を返され、シートの真ん中に仰向けにされた。
(は? なんだ、よ、なに、して……、)
困惑して寝たフリも忘れていた。そっと毛布を肩までかけられた。
(なん……で……?)
何度か瞬く。
「長いフライトだ。眠っておけ」
静かな声が耳に届く。
(ああ、俺……)
どうして記憶を取り戻したんだよ……。
そんな、バカなことを思って、無理やり瞼を閉じた。
いたたまれない。早く、家に帰りたい……。
子供みたいに思っていた。
俺は、いや、俺たちは、聖杯戦争直後に拉致されたそうだ。
俺がそうなるのはわかる。柳堂寺の境内でボロ布みたいに転がってたんだから。
腑に落ちないのはアーチャーだ。
英霊のくせに、なんで捕まってんだって話だ。そりゃ魔力切れで、抵抗も難しいって状況だったのかもしれないけどさ……。
遠坂の前から消える寸前、アーチャーは館長、あ、いや、魔術師のフォルマンとかいう奴に捕まったそうだ。セイバーは遠坂と契約を結ばれていたから捕らえられることはなかったけど、アーチャーはあの時はもう契約もなく、魔力もすり切れ状態で、抗うこともできなかったんだろう。
気の毒に……。
まあ、俺もたいがいだけど。
それで、まあ、なんで俺を捕えたのかというと、理由はやっぱり固有結界だそうだ。
“魔法の域に達するその力を保有したい”
作品名:DEFORMER 2 ――キズモノ編 作家名:さやけ