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【弱ペダ】ふたりのテイリ

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購買で買った野菜ジュースに、メンチサンド、バゲットに野菜だの鳥肉だのハムだのをたっぷり挟んだバゲットサンド。高校生はまだ身体がしっかり出来上がる前だから、そう神経質になる必要はない。どこかで聞いた言葉を言い訳のように、焼きそばパンも買ってきた。購買の焼きそばパンは、少し濃いめのソースで味付けがしてあって、麺、野菜の他に豚肉がたっぷりと入っているのが、荒北のお気に入りだった。
 自分の好きなパンばかりでらしくもなくちょっと気分がうきうきする。お気に入りの裏庭には今日も誰も居ない。メンチサンドの包を開けながら思わず小さく鼻歌が出ても仕方がないというものだ。
「よう、靖友」
 がぶりと一口メンチサンドにかぶりつこうとした所で、声が掛かった。
「なァんだ、オメーか、新開ィ」
「ご挨拶だな」
 誰も来なくて、静かだから気に入っていたのに、とか。ここは俺の場所だぞ、とか明らかに不当な主張を思い浮かべてみたが、どれもらしくなくて、口を噤む。
「昼メシ行くなら誘ってくれればいいのに」
「ハッ、メシ一緒に食おーとか、ガキかヨ」
「好きなヤツと一緒に居たいって、当たり前のことだろ?」
 新開の茶化したような顔の割に、真剣な言葉に荒北は言葉が継げなくなって黙る。そして困ってがぶりとメンチサンドにかぶりついた。いつものソースが掛かって、肉に程よく味付けがされた絶品のメンチに山盛りの千切りキャベツとパンの味がするはずなのに、なんだか今日は良く判らなかった。
 裏庭には校舎の基礎が一段あがっている。コンクリート敷きのそこに座って食べるのが好きだ。陽が中天にかかって、箱根にはまだ春が来たばかりだと言うのにすでに暑いくらいだ。そんな陽気で裏庭は暖かさがありながらも日差しが避けられる心地よい場所だ。未だに荒北を警戒して遠巻きに見ている野良猫が、時々校舎の壁際で昼寝していたりもする。それなのに生徒が滅多に来ないので、静かなのも良い。
 ざわざわと校舎を取り巻く雑木林が風に揺られて梢を鳴らす。少し遅れて柔らかな風が荒北と新開を取り巻いて去って行った。陽に照らされて暖められた葉の匂いがする。脳裏にふと練習コースの山道が想起された。匂いからも記憶が呼び起されると言うのは本当らしい。
 荒北の隣には、同じく購買でパンを買ってきた新開が座って、がさがさと袋を開けようとしている。
「ん? どうした? 靖友」
 荒北はそんな新開をずっと見ていてしまったらしい。尋ねられてそれに気付く。
「別にィ……」
 拗ねたような口調になって、しまったと思った。が、今更どうにもならない。誓って特に用があって見ていたわけではない。それが真実なのだが、言い方次第で別の意味を持ってしまう、典型例だ。
「やすとも」
「……っせーな! なんでもねーヨ!」
 これも返答の失敗例だ。取り繕わなくては、言い訳しなくては、と焦った結果である。新開の方は何も言っていないのに。荒北の名前を呼んだだけだ。くっそ!
「ついてるぜ」
 新開が優しく笑いながら荒北の口元を親指で拭う。指先にソースがついていた。それを止める間もなく新開がぺろりと舐めとってしまう。
 は……っず……っ!!!!
 もうこの場でゴロゴロと転がってしまいたいくらいに、照れくさくて、恥ずかしくて、どうしようもない。新開のいちいち近い距離感の仕草がもう居た堪れない。そして、自分の中に絶対にあるはずがないと信じていた、そんな空気の甘さを喜ぶ自分に、校舎の壁に頭を打ちつけて、目を覚ませと言ってやりたい。
「靖友?」
「……っから、何でもねーって!」
 明らかに荒北への好意を滲ませて見つめてくる新開の視線が、荒北の名前を呼ぶ声が、自分を絡めとって行く気がする。ほんの少し居心地悪くて……。
 ――嬉しいとか、冗談じゃねェ! ナニ言っちゃってンのォ? 俺!
 湧き上がる気持ちに慌ててツッコミを入れる。
 ンな、甘ェのとか……、似合わねーんだヨ。
「靖友? メシ食わねーの?」
 荒北の心の中の忙しさなど知らず、新開が自分のパンをパクついて尋ねてくる。その様子がまた自然で、無性に腹が立つ。
「食ってるっつーの!」
 荒北の返答にくすりと笑う新開を横目にじろりと睨んで、荒北はメンチサンドの残りを口の中に放り込む。
 気にしてるのは自分だけか! 人の口についたソースを取ったり、それを当たり前のように舐めたり、身体中に響くような声で名前を呼んだり、あからさま過ぎな目つきで見てきたりとか、そんなことに荒北だけがいちいち反応して、散々振り回されている。
 ところがだ。本人はそれだけのことをしているのに、荒北がそれをどう思っているのか、まったく気にしていない様子なのだ。
 ――なんか、こう……、あるんじゃねーのかヨ? いや、ねーのがいーのか?
「やすとも」
 びくりと身体が震える。新開の声が耳から全身に広がって勝手に骨を揺らして行く気がするのだ。それだけで秘所があられもないことになるのだから、本当に腹立たしい。声の方を見れば、新開の顔が近くにある。熱っぽいような目つきで荒北を見つめてくる。一つ心臓が激しく鳴って、腰の奥が鈍くズクンと疼いた。
「俺のこと、意識してくれてる?」
 イー顔、と新開がワザと判っているように荒北の耳に囁いてくる。ふわりと新開の匂いがする。ボディソープやらシャンプーやらの匂いとは違う。だからと言って臭いのではない。新開の熱を感じるような、それだ。ふと少し前の週末のことを思い出す。互いの腕の中で汗みどろになりながら、この匂いをずっと感じていたことを思い出す。ついでに自分のあられもない嬌態も。
「な……っ、見てんじゃねーヨ!」
 近づいてきた新開を肘で押しのけようとするが、シャツ越しに触れた肌が熱くて、更に意識してしまう。恥ずかしい秘密を知られたみたいで、出来るなら穴を掘って埋まってしまいたい。しかも学校でそんなことを言ってくるなんて、困る。自分が抑えられなくなりそうで、怖い。それなのに、心の隅で満更でもないと思ってしまっているのだから、余計に自分が恐ろしい。
「な……、午後サボらねぇ?」
 新開が自分の胸に触れた荒北の腕をするりと撫でた。それだけで新開も自分を欲しがっているのが判る。身体の関係になんてなるんじゃなかった。一瞬そんな考えが脳を掠めた。
 ――別に、コイツがイヤとかじゃねェけどォ!
 むしろその逆だ。新開に溺れてしまいそうなほどになっている。確認などできないが、おそらく新開もそうだろう。暇があれば二人で身体を繋げていたいなどと考えてしまう。自分の中の優先度の全てが、新開に置き換えられようとしている気がした。こんなにも変えられてしまうなんて思いもしなかった。チームメイトのままの距離を保っていたら、こんな気持ちになどならなくて済んだだろうか。
 するだけムダか。
 どんなに抑えた所で、いずれ自分の気持ちを認めざるを得ない日が来る。そうなったら、荒北は抑えつけた反動で新開を食い殺したかも知れない。精神的に、と言う意味でだが。結局、平和な『ただのチームメイト』と言う関係を壊さずには決着はつかなかっただろう。だから今のような関係に落ち着いたのはむしろ良かったはずだ。
 ――だからって、いーワケないじゃなァい。