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【弱ペダ】ふたりのテイリ

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 ……こんなに距離の近い付き合いにならなければ。
 インターハイを控えて、彼らにはやらねばならないことが山のようにある。それに、あんまりひっついていると、後輩や他の者たちに関係を感づかれかねない。自分が後ろ指さされるのは構わない。だが、新開にそんな思いをしてもらいたくない。それよりなにより、それが原因でインターハイに出られないかもしれないことを考えると、それだけはどうしても避けたいと思う。
 新開への気持ちや、関係を止めたいわけではない。
 だが、インターハイはずっと目標にしてきた、大事なものだ。天秤にかけたとしたら、今はインターハイの方へ傾くはずでなければならないほど。それは、新開も同じはずだ。
「しねーよ。午後イチに現国の小テストあんだヨ。オメーもその次の時間あんだろ」
 反対の手で新開の顔をぐわし、と掴んで押しのけた。
「あ、そうだっけ」
 荒北の手が掛かったまま、新開がすっかり忘れていたと言わんばかりの口調で呟く。オイ、どさくさに手ェ撫でてんじゃねー。つか、男の手なんか撫でて喜んでんなよ。もう一つぐい、と押すと荒北はさっと手を引いた。
「そうだっけ、じゃねーよ、バァカ。インハイ出んだろーが。単位落とせねーぞ」
 食べかけだったメンチサンドの残りを放り込んでしまうと、荒北は野菜ジュースを啜る。自転車競技部はインターハイ常連校、王者とまで言われている評判の学校だ。だが、成績上位とまでは言わなくとも、勉強の出来も求められる。レースなどの公休以外の授業の出席はもちろん、授業内で実施されるテスト、授業に出られなかった分のレポートや課題などの提出は必須だ。
 多少の事情は考慮されるとは言え、やはり色事にうつつを抜かしている場合ではない。
 頭では判っているのに。
 バゲットサンドを手にとったまま、新開との情事に思考が傾きそうになる自分を必死に引き戻す。
「じゃぁ、ちょっとだけ」
 新開のそんな呟きが聞こえたかと思うと、顎に指が掛かって唇が奪われる。呆気に取られている間に、するりと舌が滑り込んで来て、荒北の口腔を嬲る。それに応えながら、ぽとりと手から落ちたバゲットサンドを思って、封を開ける前で良かったと頭の一部で無理矢理冷静に考えた。
 煽ってんじゃねーヨ!
 うっとりと新開との口付けにそのまま寸時流されそうになる。なし崩しに授業をサボって、どこかの空き教室にしけこんで情欲のままに新開と快楽を貪りたい。無理矢理そんな思考を押しとどめると、今度は途端に腹立たしくなる。ちょっとだけ、なんて言葉のなんと都合のいいことか。
「あー……、ダメだな。靖友のこと離せなくなっちまう」
 口を離した新開が、苦し気な溜め息を吐いてこつりと荒北の額に己の額を当てる。その顔に腰の奥に仄暗い炎が灯って、ぞくりと全身が震えた。
「……てんじゃねーヨ」
 くすりと荒北が笑いを洩らす。おかしい? イヤ、嬉しいのだ。
 ああ、そうか。
 コイツも同じだと、これで判る。
 煽られて身体どころか、心までも甘ったるく期待させられて。傍にいることが当たり前なのに、その一瞬一瞬が嬉しくて、過ぎていくのが勿体ない。僅かでも離れているのをイヤだと思うほどには、二人で溺れている。
「甘えてーのォ? ダメ四番」
 わざと冷たい声で、新開の額をぺち、と叩く。まいったな、なんていたずらっぽく、それでもちょっと寂しげに笑う新開に、心がしめつけられるようだ。
 ったく、似合わねーンだヨ。こんだけ甘ェとかァ!
 身体を引き離すことにこんなに苦労するなんて。人を好きになった自分がこんなにメロメロになってしまうなんて思いもしなかった。
 それでも。
 その手に掴もうとしているのは一つではない。
 一つだけならこんなに辛くはなかっただろうに。でも、選んでしまった。どちらも欲しいと思ってしまった。二兎を追うものは……、ってやつだな。唐突に「N個の独立した政策手段」と言う言葉が脳裏に浮かぶ。授業で習った定理の話だったか。一つの手段が複数の目標を達成することは稀だ。だから、複数の目的には同数の手段が必要である、と言う話だ。最もだと思う。インターハイで優勝を目指すには、いくら好きだろうと我慢できなかろうと新開ばかり意識している場合ではない。一方で新開との関係を優先すれば、授業も自転車競技部の練習も放り出しかねない。
 それでも。
 ナントカの定理だとか、ことわざだとか、慣用句だとか。欲張るな、一度に幾つも手に入れようとするなと戒める言葉が多い。だが、今でなければダメなのだ。今、全部手に入れたくてどうしようもないなら、全力で足掻くしかない。人の決めた法則などクソ喰らえだ。そんなものは絶対ではない、当てはまらないことだってあると、証明してやる。
「靖友を充電したら頑張れる」
 そうやって囁く新開の言葉で、いやその存在だけで荒北だって頑張れてしまう。
 ち、と忌々しげに舌打ちをした。自分でも判るほど顔が赤くなって熱い。照れくさくて、なんと言って良いか判らなくてガシガシと頭を掻く。
「……だよ」
「え?」
 ごにょごにょと呟いたのを新開が聞き返す。何度も言わせンなよ。新開のネクタイを掴んで顔を近づけた。
 そう、やってやりゃァいい。お前と俺で。
「俺もだよ」
 そう言って噛み付くように新開の口を塞いだ。


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