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ミヒツノコイ ep.1

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「お待たせしました、生ビールとからあげです!」
「これ、試作品なんです。食べてみてください」

 車通りが多いだけの冷たい大通りからほんの一本路地に入ると、そこには、賑やかな飲み屋街が広がっている。
 その中でも一際人情溢れた居酒屋『しんじ』は、いつもと変わらず仕事を終えた大人たちで賑わい、そして、いつもとは少し異なった光景が繰り広げられていた。

「……真壁さん、こんな時間まで飲んでいていいんですか?」
「ん〜。いいの、いいの。どうせ帰っても誰もいないんだし」

 取調班が今のメンバーになって、早4年。
 たまの例外はあるが、事件が片付いた日には、お互い示し合せるでもなく“いつもの店”に集合する。ひとしきり労い合い、時に反省会を繰り広げたり、捜査論をぶつけ合ったり、モツナベも加わったり。その後、最初に席を立つ真壁を家まで送り届けるのが、なんとなく続いている俺の習慣だった。

 乾杯を最後に烏龍茶とすり替えたグラスを片手に、「生ビール、おかわりね!」などとご機嫌な声をあげる女を睨みつける。
 飲み過ぎだろう……
 真壁は普段、よほどのことがない限り乾杯の一杯を飲み残すことがなければ、次の一杯に手を伸ばすこともない。いつもぴったり一杯平らげると「じゃ、私はこれで」と子供たちの待つ家へと帰っていく。

 ——誰もいない、か。

 いつもと違う行動をとっているのは、真壁だけではない。
『管理官、こんな時間まで飲んでいていいんですか?』
 くだんの質問を向けられたのが、自分だったとしたら……
『いいんです。どうせ帰っても誰もいないですし』
 同じ境遇にありながら、自分には似合わない冗談だと苦笑した。



「では、私はそろそろ」
 座卓に広げられた揚げ物料理も尽きた頃、若い妻を待たせている善さんが上着を片手に立ち上がり、つられるように、春さんも立ち上がる。
「せっかく珍しい二人がいるんだからよぉ」とジョッキを握ったままの菱さんも、「じゃあね、ごゆっくり」などと笑みを浮かべた春さんに引きずられるように帰って行った。

「梶山と飲むのなんて、久しぶりだね」
「そうだな」

 最後にこうしたのはいつだっただろうか。
 久しぶりという言葉に頷いては見たものの、彼女を部下として迎え入れてからは、一度も機会がなかったように思う。
 それ以前のことを振り返ると、同期で親友だった男の顔がよぎる。真壁にとっては瑣末な差異かもしれないが、いつも必ず間に誰かがいて、二人ではなかった。大人数か三人かどちらかだったような気がする。長い付き合いではあるが、もしかすると二人で膝を突き合わせて相伴したことは、ただの一度もなかったのではないだろうか。

作品名:ミヒツノコイ ep.1 作家名:みやこ