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【弱ペダ】ほろ苦い波打ち際

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「海やー!」
 真っ青に晴れ渡った空。比較的穏やかな海。真っ白とは行かないけれども、綺麗な砂浜。そう、海岸。海である。見れば判る。今日の目的地なのだから当たり前の話だ。
 だが、それでも大海原を目の前にして「海だ!」と叫びたくなるのは、自然の摂理なのかも知れない。それにそう叫ぶことで、楽しい、嬉しい気持ちをより一層表せるというものだ。
 それを今大声で実践しているのは鳴子だ。一声叫んだかと思うとそのまま波打ち際まで突進していこうとするのを、古賀が辛うじて襟首を捕まえて阻止した。
「ぐぅえ……。ちょ、メガネセンパイ、なにするんですかっ!」
「お前、荷物抱えたまま海に飛び込むつもりか?」
 流石にそれはマズイと理解したのか、手足を振り回していた鳴子が大人しくなって、荷物を預ける海の家へ歩き始める。それを田所がまたからかって、ぎゃいぎゃいといつも通りの騒ぎが起こっていた。
 インターハイが終わった後の夏休みに、折角だからと部員全員で海へ遊びに来たのだ。
「晴れて良かったですね!」
「ああ」
 巻島を見上げて笑う坂道の頭を撫でながら、巻島も笑う。その笑顔の裏で、巻島は酷く懊悩していた。出来るものなら、この砂浜の柔らかさを存分に生かして、ゴロゴロと転げまわりたい。いや、物凄く熱されているのは判っているからそんなことはしやしない。だが、気持ち的にはそんな感じだ。自分が果たして正気なのか、それで測れるのか測れないのかも判らないというのに。
 まさかである。
 そう。まさか、自分がこんなことになるとは思わなかった。
 趣味はと問われたら女性が映っている「グラビア」と答える自分が、この隣に立つ背の低い、大きな丸眼鏡をして、頬を可愛らしく染めて自分をうっとり見上げてくるような男を……か……、可愛いとか! あまつさえ、す……、す……、す……きとか……!
 耐えられない!
 自分のこの思考に耐えられない。だが、見ろ。手はこの身体の持ち主である巻島の悩みなどさっぱり知らぬように、坂道の頭を撫でている。しかも、何度も。短い髪の毛が手のひらに触れるのが気持ちいい。
 頭の形もいいショ……。
 巻島の手に誂えたようにぴたりと収まる。
「あ……、あの……、巻島さん……」
 坂道が困惑したように、恥ずかしそうに名前を呼ぶ。そこで初めて、ずっとずっと頭を撫でていたことに気が付く。坂道の頭がすこし乱れているのもまた可愛い、とか思ってしまっているのだから、もうどうしようもない、と巻島は自分の気持ちを認める以外に道がない事を悟る。
 ――今、ここで……か。クハッ! 言いたくねぇが、運命ってなァつくづく意地が悪いッショ。
 坂道が好きだと認めても、数日もしたら自分は去らねばならない。自分の気持ちを伝えるべきか。それとも黙っておくべきか。こうなっては、自分の気持ちを認めずに、押し殺していた方が良かったのではないか、と早々に後悔しそうになる。
 ――いや、それならむしろ楽しまなきゃ損ショ!
 巻島さん? と不安そうに、それでも目一杯の判りやす過ぎるほどの好意を駄々洩れにしながら、坂道が自分を見上げてくる。
「行くか」
「ハイ!」
 海の家に入って行く総北の部活の面々の姿を指差す巻島に、坂道が弾けるような笑顔を向けた。
「僕、こんな大勢で海に一緒に行くの初めてです!」
 アニメオタクで、友達すらもいなかったと言う坂道の嬉しそうな言葉に、また坂道の頭を撫でてしまいそうになる。隣で着替えている姿にドキドキするなんて日が来るとは思いもしなかった。とは言え、下にあらかじめ水着を着ていたらしく、目を背けなければと自制しなければならない事態にならずに済んだ。一方で部室でそんなやましい気持ちになりそうなことを考えて憂鬱になる。
「なんだ、小野田。それなら目一杯楽しめよ!」
「田所さん!」
 手を伸ばしかけた巻島に気付いているのか気付いていないのか、田所ががっしがっしと坂道の頭を撫でる。
「小野田くん、心配せんでも、ワイがバッチリ海の楽しみ方、教えたるさかい。任しとき!」
 その田所から奪うように、鳴子ががっちりと坂道の肩に手を回す。
「うん、鳴子くん!」
 悔しいが、坂道の楽しそうな顔が見られるなら仕方がない。行き場を失った手が空しく坂道を求める。
「坂道、無理して付き合うことないぞ。どーせ無茶苦茶に決まってる」
 今泉が呆れた顔で鳴子と坂道の間に割って入る。
「抜かせ、スカシ。この鳴子章吉、海でもドッカンドッカン客沸かして、大人気やったっちゅーねん!」
 どうだ、と自慢げに言い放った鳴子に今泉がバカにしたように鼻で笑う。
「バカか、客沸かしてどーすんだ」
「目立ってナンボやろーが!」
 今泉と鳴子が言い争いを始めた。一気に海の家のロッカールームが騒がしくなる。周りの客が騒がしさにこちらをチラチラと見ていた。
「おいおい、こんなとこで騒ぐな」
 手嶋と青八木がそんな二人を引き離したものの、まだ二人は一触即発のにらみ合いを止めない。
「行くっショ」
 巻島はオロオロする坂道を連れて外へ出た。

 巻島は再び己の思考に懊悩していた。総北の面々が用意したレジャーシートとそれに差しかけられたビーチパラソル。先客の寒咲兄弟と共にその日陰に入った巻島は、海で戯れる後輩、いや荷物を置くと共に鳴子と今泉達に引っ張って行かれた坂道の方をぼんやり見ていた。
 男の水着姿――といっても坂道限定だが――が見たくて、見れなくてどぎまぎしている自分の正気を再び疑う。学校指定の水着ではなく、今泉や鳴子たちと買いに行ったらしい、ハーフパンツタイプの水着だ。スポーツメーカーのロゴの入った、それでも普段着に見えなくもない地味な色だが、それもまた坂道らしい。上半身はパーカーを着ているが、弛んだ襟元や開いたジッパーから覗く素肌が何だか眩しくて、見たいのに見られない。
 ――グラビアだってこんな気持ちにならなかったっショ。
 いや、それは正確ではない。笑顔と際どいほどの衣装で紙面のこちらを意識した姿態に、かつては確かにドギマギしたりもしていたはずだ。それが、今やこれである。
 巻島は砂浜の柔らかさに任せてゴロゴロと転がりたい気持ちを辛うじて抑える。ついでに、不躾に坂道を見てしまいそうな自分も。
「巻島さん! 一緒に泳ぎましょう!」
 一頻り波打ち際で戯れていた坂道がイルカの浮き輪を手に巻島を誘いに来る。いってらっしゃい、と昼寝と荷物番を決め込んだ寒咲兄弟が巻島を送り出す。マネージャーである妹曰く、今日は面倒見ないから、とのことである。
「離岸流に気ィつけや」
 砂浜で田所と相撲を取り始めた鳴子が、青八木と一緒に田所に対峙しながら怒鳴ってくる。
「うん! 鳴子くんも頑張って!」
 まばゆいほどの笑顔で手を振る坂道がじゃぶじゃぶと海へ入って行く。その後を追って巻島も少し冷たい海へ入る。澄んでいるとは言い難い関東の海岸だが、それでもこの時期としたらそこそこきれいだ。その水の下へ、坂道の肢体が消える。水面から出た腕がイルカについた取っ手を掴んで、ぐいぐいと沖の方へ進んで行く。
 ――一緒に泳ぐって、どうするっショ……。