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【弱ペダ】ほろ苦い波打ち際

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 巻島はどうしたものかと後ろを泳いでいたが、周りを見渡してみると、いかにもと言ったカップルが二人で浮き輪を押して泳いだり、捕まって波間に浮かんでいたりする。そういうものかと思って、坂道の反対側に回って泳ぎ始める。進みが良くなったのに気が付いたのか、坂道が巻島の方をみて笑う。その笑顔に心臓を鷲掴みにされたような息苦しさに襲われた。
「この辺でいいショ」
 巻島の言葉に坂道が笑って、イルカの背中にぽす、と腕をかけて掴まる。ふわふわと波に合わせて身体が揺れた。細い身体にうっすらと筋肉がついている坂道は腕の半ばから日に焼けている。自転車競技部としては当たり前の姿だが、何故かその肌の境が艶めかしく感じた。
「お前泳げたんだな」
「ハイ、一応」
 坂道が歯切れ悪く答える。
「一応?」
「えーと……、その、プールだと大丈夫なんですけど、海は底が見えないのでちょっと怖いというか」
 恥ずかしそうに頬を染めて答える。
「同じ水だってのに、変ですよね。プールだと平気って、なんだよそれって。あっ、でも今は浮き輪もあるし、巻島さんもいるし、全然平気です! 海が怖いと言っても、浮き輪があれば意外と平気なんですよ! って、ますますなんだそれって感じですよね」
 言い訳をする時の坂道は、色々なことを喋る。慌てていて、物凄い早口で喋りながら、自らの言葉が人に誤解を与えたのではないかと、更に弁を振るう。
「俺もあんま海は得意じゃねぇからな。別におかしくないっショ」
 ふっと笑って巻島は坂道の頭を撫でた。明らかにほっと緩んだ顔が愛おしい。その薄く小さな口に触れたい。出来るならその先も……。俺の欲を知っても、お前はまだそんな顔をしてくれるか?
「ま……、きしまさん……?」
 戸惑った坂道の呼びかけで我に返る。目の前に坂道の顔があった。明らかに日焼けではない赤みが顔じゅうに広がっている。自分が何をしようとしていたのか、何故坂道がそんな顔をしていたのかに気が付いて、はっと顔を離す。
 何か言い訳をしなくては。
「あ……、と……」
 だが気持ちばかりが焦ってまともな言葉が出てこない。どうする、どーすんだ、巻島祐介! 万事休すか、と思われたその瞬間、ど、と自分の身体が持ち上げられる。ついでにイルカの浮き輪も浮き上がって、それに掴まったままの坂道の身体も持ち上がる。半端に浮き輪に掴まっていた巻島の身体がぐらりと大きく揺すられたと思うと、ごつり、と鈍い音がして額の痛みに目の前で星が散った。
「い……って……」
「うぐぅ……」
 巻島と坂道が同じくして痛みにうめき声をあげた。
「悪い……」
「いえいえ! こちらこそ! そんな滅相もない! それより巻島さんは、大丈夫でしたか?」
 顔を真っ赤に染めて、両手をぶんぶんと振る。
「坂道……」
 浮き輪から手が離れてるっショ。そう注意する前に、坂道の身体がふっと沈む。咄嗟に巻島は手を伸ばして海面に取り残された腕を掴むと、そのままもう一度浮き輪へ引きずり上げる。がぼ、げへ、と坂道が驚いた拍子に海水を飲んだのか、イルカにしがみつきながら咳き込んだ。
「危ないっショ」
 坂道の背中を宥めるように擦る。
「す……、すいませ……」
 一頻り咳き込んで落ち着いたのか、坂道が巻島を見上げてくる。
「やっぱり巻島さんはカッコイイです」
 そう言って頬を染めて笑った顔に、巻島の心臓が何かで撃ち抜かれたような衝撃を受けた。これで今日は何度目だ。いや、今日だけではない。こうしたあからさまな好意を向けられているのを意識して、走りだけではなく、坂道が自分にとって後輩以上の存在だと判ってから、何度こんな衝撃を受けただろう。その内心臓が穴だらけになって止まってしまうかもしれない。
「なぁ、坂道……」
「はい、なんでしょう? 巻島さん」
 坂道が答える。そして、待つ。巻島の言葉を。
 今伝えてしまおうか。そして、自分が持て余している欲望を全てぶつけてしまいたい。恐らく容易に巻島が捻じ伏せてしまえるだろう。抗っても力ずくで組み敷いて、全てを奪う。涙でぐちゃぐちゃになるまで……。
 余りに激しすぎる欲望が浮かんだのに正気に返った。流石に己の気持ちに引く。そこまでだったかと、改めて思って、すぐに居なくなるなんて言い訳が実はかなり重要な重石だったのだと思う。坂道を怯えさせたくない。嫌われたくもない。けれど……。
 自分を見上げてくる坂道の目が眩しい。
「いや……、キモイでいいっショ」
 今ほど自分を情けないと思ったことはない。



 相撲、ビーチバレーにビーチフラッグ。坂道を始め総北自転車部の部員たちは、慣れない砂に足を取られながらも砂浜で遊びまわった。汗をかくことには慣れているから、逆に練習でないことに違和感を感じるほどだ。
「足に適度な負荷がありますね」
「そうだな。よし、今度基礎メニューにビーチフラッグを入れるか」
 旗ではなく、ただの木の棒きれなのだが、思ったよりも体力を消耗した金城が、真面目な顔をして古賀と相談を始めたのには参った。
「オイ、金城、ビーチフラッグなんてどこでやるつもりだよ?」
「フム、確かにそうだな……」
 呆れたような田所の言葉に一瞬きょとんとした金城だったが、はたと正気に戻ったらしい。古賀も二三度目を瞬かせたと思うと、無言で頭を抱える。こちらも現実を思い出したらしい。
「毎度ここまで来るにゃァ、遠いっショ。だからって、グラウンドなんぞでやったら怪我人が続出しちまう」
「確かにそうだな、すまない」
 巻島がそう言うと、金城がスポーツ用にかけている眼鏡を外して、ごしごしと顔を擦った。
「金城さん、大丈夫ですか?」
 坂道が声をかける。見れば、後輩たちが何事かと心配して集まってきたらしい。普段から陽に当たっているせいか、顔はさほどでも無いが、普段はウエアを着て隠れている肩や背中の辺りが赤くなり始めていた。坂道の肩口の赤味がやけに艶かしく思えて、巻島は思わず目を逸らした。
「ずっと動きっぱなしでしたからね。ちょっと休憩しましょう」
 手嶋の提案に、皆がぞろぞろと荷物を置いていたパラソルへ戻る。寒咲兄が「昼メシにも帰ってこないって、どんだけ夢中なんだよ」と苦笑しながら迎えた。
「あれ……? 寒咲さんはどうしたんですか?」
 坂道の言葉に、妹の方の姿が見えないことに気付く。
「ああ、アイツなら友達が来るからって、途中まで迎えに行ったよ」
「ああ」
 今泉が全員を代表して誰のことか判ったように頷く。テニス部に在籍している、結構はっきりと物を言う女生徒だったはずだ。何度か自転車競技部にも顔を出したことがあったかと巻島は記憶を探る。そんな思考を、ぐぐう、と言う腹の虫が遮った。
「昼メシって聞いたら腹が」
 すんません、と鳴子が悪びれた様子もなく言う。
「行ってこい」
 寒咲兄が大笑いして手を振った。その言葉に鳴子が真っ先に走り出す。その後を今泉たちがぞろぞろと追いかけて移動を始めた。
「通司さん、なんか買ってきますか」
 田所が尋ねる。
「なんか冷たい茶、頼むわ」
 そう言って送り出すと、彼は持ってきた自転車雑誌に目を落とした。