二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【たった一言「愛しているよ」と何度でも囁こう。】

INDEX|2ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 



あれは何百年も前のこと
…俺は京の都…その時まだ京の都が山城と呼ばれていた頃だ。
そのそばにどっしり構える山の中の妖だったんだ、俺は。
人々は山伏狼と言う者も居れば送り犬とも言う人間もいた。
迎え犬だと畏れる者もいるがあいにく俺はそちら側ではない。
よく似ているものだから間違えられてしまうのが厄介である。
あんな見境もなく人を喰らう馬鹿どもと一緒にして欲しくないものだ。
…そんな俺には最近楽しみがある。
この山に来る一人の子供の存在だ。
どうやら彼女は陰陽師の端くれらしい、この山に来ては一人腕を磨いているようだ。
そして時折口ずさむ綺麗な歌は俺の癒しでもあった。
…頭、いや脳のない者に食われちまったら身も蓋もない。
一応周りに釘は刺してあるから獲って食われることはしねえだろう、流石に。

『だが、よくもまあ飽きずに来るものだな』

くすりと目を細め笑った。
こうも毎日来ると奴らも餌を前に我慢できんだろうな、等と面白そうに笑う。
ここ数十年こんなに楽しいことはなかった。
まあ長く生きていると感覚が麻痺するというのと、自分が周りよりも少し物事に関して興味が薄いからだろうが。
だが彼女を見ている時だけは俺は生きている、と言う温かい気持ちになれた。
…しかし俺一人で山全体を押さえ込むには限度があるってものだ。
彼女が通い始めて一〇年以上経っただろうか、彼女がすっかり美しくなった頃。

周りからは様々な声が聞こえた。

「いい加減喰ろうてもよかろうに」

「いやに人間を庇うな、お前は。あんな小娘のどこがいいんだか」

「そんなに喰らわせたくなければお前がどうにかすればいいだろう」

「頃合ではないのか、さっさと喰らってしまえ。」いい感じに熟れてきたことだしな。」


ヨダレをだらだらと垂らして下品な奴らめ。
そう舌打ちすれば限界を悟る。
そもそも彼女は陰陽師という特殊な能力持ちの女性だ。
確かに美味しそうな匂いもする、きっと喰らったら美味だろう。
興味がないわけではない、その味に。
俺を畏れどれだけ泣き叫ぶか、興味がないわけではない。
俺だって腐っても妖。
根本は奴らと変わらない、そもそもこんな山一つに屯する妖が野蛮でないわけがないのだ。
主をつくらず、つかずで、度々騒がれる都のあの女狐だってどうでもいいことだ。
こちらに勧誘がこようが追い払えばいいだけのこと。
畏れることなど、アリはしないのだから。

だから、人間の小娘を一人喰らうことなどーー簡単のはずだった。
彼女が帰ろうとしたその日、俺は木の上から彼女に襲いかかった。

「…っ!妖…!?このっ…!」

『…おや、俺が畏ろしくないのか?女』

「…怖くなんてあるわけない、私はアンタたちを滅するために…っ」

『そうか?なら俺たちも同じだなあ?俺たちもお前たちを畏れさせ、喰らうためにいる。』

「…くっ…、離してよ!この妖め!」

『いやだね。なあ……怖がれよ、畏れろ。怖いだろ?死ぬのは。』

「…っ…誰が…っ」

最初は強がりな娘だと思った。
言葉の割には体は震えていて、掴んだ腕を振り切れきれないでいる。
そして俺を強く睨みつけるその目は、僅かに涙ぐんでいた。
ふと、白い花びらが俺たちのすぐそばに落ちた。
そこへ二人で目を向ける。そこには白い山茶花が綺麗に咲き誇っていた。
そういえば今は冬だ。この女はこんなに薄着で寒くないのだろうか。

そんなことを思っていたのも束の間、場違いな言葉を女は言う。



「綺麗、…毎年ここの山茶花を見るのが好き。小さな頃から」


『…もうそんな時期か。』


そして思った。
ああ、この女は強い女だ。
そして、この女の心はきっと、何よりも…この花の色に近いであろう。

『…ああ、綺麗だ。』

きっと俺はこの女を一瞬で畏れた。
この状況に畏れない姿も、綺麗に微笑む姿も。
綺麗だ、そう思っては、きっと飲み込まれた。
…山茶花も美しいとは思う、だがそれ以上に俺は、この、小さな頃からずっと見守って来た女が…綺麗だと思ったんだ。

「…貴方の瞳も綺麗ね、不思議な色。」

そっと俺の頬に手を添えて再度微笑んだその目は綺麗な香染め色の瞳で俺を見つめた。

「それで?…私を食べるんだったっけ?」

『…いいや、俺の負けだ。
人を畏れさせることができなかった妖が何をしたって変わらんよ』

気づくと女の体の震えも、涙も引っ込んでいた。
…素直に負けを認めようか、と口にはするものの掴んでいる腕を解放するつもりはない。
俺は、この女に惚れた、この、山茶花の花びらが舞う下で。
妖でありながら、人間…そして何よりも天敵の陰陽師に惹かれて周りに馬鹿にされてしまう。
でもそんなことどうでもいいことだ、この瞬間からもう何が起きたって俺は構わんさ。


『……名は?』

「…とうか、…冬花。貴方は?」

『…さあ、名を貰ったのは随分と前だからな、忘れてしまったな』

「…じゃあ…、私が考えてあげる」

『…ほお、またここに来るのか、命知らずなやつめ』

どうやら女の名前は冬花というらしい。
それにふさわしいほど肌は白い、腕は細く儚げでありそうで笑みはぱっと花が咲く様のよう。芯の強い女だ。
数百年生きて、ここまで惹かれた女は初めてだ。
俺は決めたぞ、お前を俺の女にすると。
だからこの手をいつか離す時が来るまで、俺は決して離さんよ。どちらかが死すまでずっと。
離さんよ、冬花。絶対に。世界を敵に回しても俺はお前の手を離さんさ。

それから冬花は修行のためではなく俺に良く会いに来るようになった。
何をするわけでもない、ただ他愛ない話をしてただ隣にいて。
俺は密かな思いを抱きながらお前の笑みを一番近くで見て。
それとなく手を重ね、見つめ合う。

「…そうだ、あのね。貴方の名前を思いついたの。
綴琉。つづる。貴方はたくさんの話をしてくれるから。
だから綴。琉は…貴方に似合いそうだったから」

『…お前は…綺麗なものばかり作り出す、俺にはもったいな名だが受け取るとしよう。
…なにか礼をやらんとな』

「え、あっ…ちょっと!」

ありがとう、そう告げると新たな名前に口元が綻んだ。
ああ、名を受け取るというのはこんなにも嬉しいことなのか。
涙が出そうだ、まるで俺の存在があるようで。認められたような気がした。
重ねた手に僅かに力を入れてこちらに軽く引っ張る。腕の中に彼女を閉じ込めた。

『…このまま聞いてくれないか。
…俺はお前が好きだ。…冬花が好きだ。愛してる。
ずっと小さな頃からお前を見てきた。…そしていま触れ合うと好きだと実感するんだ。
出来ればこのままずっと眠りについてしまいたい、そうすれば寂しくないと思える程に。』

「……綴琉…、私は人だから…貴方のように長くは生きられない。
せいぜいあと五〇年程度。でも…私貴方のそばなら何よりも誰のそばよりも充実した人生をおくれる気がする。
私も、貴方の「畏」に飲まれていたみたい。sーーー」

もう言葉はいらなかった。
ただ、冬花の唇に己の唇を重ねた。
お前が人であることなんて、覚悟してた。
俺の瞬きの瞬間にも経ってしまいそうな時間しか生きられないことも覚悟してた。