螢
ある夜、外へ行こうと、林殊が誘った。
「何があるの?」
霓凰が怪訝な顔をしていた。だが、林殊は構わず外に連れ出し、小屋から続く山道を下へおりていこうとしている様だった。
林殊は、霓凰の驚く顔を見たいのか、変な物を見つけた自分を褒めて欲しいのか、、、。
幼い頃から幾度もこんな目に会わされたが、どっちなのかはよく分からない。
いつも水を汲む、沢の方に下りているようだった。
あの日、青冥関で、霓凰等 穆王府軍と南楚軍が激突した戦いで、穆王府軍が勝利した。
その勝利には江左盟の尽力があったからなのだが、、。
戦いの後、林殊は霓凰と再会をし、林殊は霓凰をそのまま連れ去ったのだ。
二人の経緯は誰もが良く知っており、雲南王の爵位を継いだ霓凰の弟ですら、その後、この二人を探そうとはしていない。
林殊は別に、どこへどうしようという目的があった訳でもなく、目の前に霓凰がいたから、連れ去ってしまったのだ。
その後の二人は目的も無く、ただ行きたい所を二人で廻る旅をする。後のことは、道々考えれば良いのだ。それで良いと思っていた。
それでも、離れ続けていた歳月は埋められない。
十数日、あちこちを廻っていたが、この山に入り、偶然、住人が去って間もない様な小屋を見つけた。
少年時代に、今、皇帝として君臨する簫景琰と三人で、よく隠れ家にしていた山の小屋と作りが似ていた。
小屋の周りの景色も、生茂る草木も違うというのに、二人はグッとあの子供の頃に心が戻り、数日ここで過ごすことにした。
日中の、辺りも明るい時間であれば、小川の流れる沢が間もなく見えようという所で、
「オンブしてやる。」
そう言われて、目の前でしゃがまれた。
────大丈夫なの??────
今は、怪童と呼ばれた頃の力はとても戻らぬが、それでもそこそこ力仕事もできる様だ。
しかし、長く力仕事を続けるのは辛そうだった。
霓凰が、やる前から心配したり、先回りしてやってしまうと、たちまち機嫌が悪くなるのだ。
────めんどくさい。────
と、思わないでもないが、自分は林殊を労るだけで良いのだと、それを望まれているのだと思った。
「え、、、こんな山道、私を背負って大丈夫なの?。」
「いいから、ほら!」
顔だけ振り返って、自分の肩を手で叩いている。
急かされて、霓凰はおずおずと負ぶさった。
「よっ、、、と。」
林殊は立ち上がり、足元に気をつかい、いつもよりゆっくりと、沢迄の山道を下っていった。
その足取りに、不安はなかった。
「霓凰、目を閉じて、。」
「ええ───?」
────またいつものアレよ。────
────また私をびっくりさせるやつ、、。────
これこそいつ以来なのか、、、、懐かしいが、少しは渋ってあげないと、暫く応じずにいると、林殊は立ち止まり、
「ほら、大丈夫だから、はやく。」
「wwwwww。」
「、、、、、、、うん。」
霓凰は目を閉じ、林殊の肩に顔を伏した。
林殊は山道を下りてゆく。背中にいても林殊が楽しげに歩いているのが分かった。
今晩は三日月で、足元もそう明るくは無いが、凸凹のある道を迷わずに下りてゆく。
────そうだわ、林殊哥哥は道を覚えるのが得意だったわ。
一度通ったら、細々とした道の特徴を覚えてしまったわ。山道なんか得意よね。────
どんどんと下りてゆき、立ち止まった。水の流れる音がする。
いつも水を汲む、沢の川辺まで下りてきたのだ。
「もう、目を開けても良いぞ。」
「!!!!」
顔を上げ、目を開け、驚いた。
川辺に沿って、沢山の螢の群が飛び交っている。
言葉も出ずに、ただ、幾筋もの光の線を残して飛ぶ、螢を見ていた。
「、、、、綺麗。」
こんなに喜んでもらえるとは、嬉しい限りの林殊だった。
霓凰は、背中から下り、川際の方に歩んで行った。
膝丈程の草が茂り、その草の上は螢か飛び交い、草葉の上には光りながら螢がとまっている。
見たこともないような数だった。
あの日を限りだった、、こんな風に川辺まで来て螢を見たのは、、、、、、。
────そうだわ、あの時も林殊哥哥に、こっそり連れて来てもらったのよ。
、、、、そう、そのあとが、大変だったんだわ。────
あれは 十四、五の夏。螢を見たくて見たくて、駄々をこねて林殊に連れて行ってもらったのだ。
思い出してつい、可笑しくなって、クスリと笑ってしまう。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
林殊がまた忍んできた。
時折林殊は、夜の早い時間に、穆王府の塀を超えて、霓凰に会いに来るのだ。
「霓凰、霓凰。」
霓凰の部屋の扉の前で、コッソリと名を呼んだ。
いくらもせぬ内に、霓凰が部屋から出てきた。
「霓凰、良い物見せるぞ。」
「目をつぶって、手、出して!」
林殊は後ろ手に何かを持っているようだ。
「え、、また??、、、もう、いやよ!!」
「この間は、変な虫だったもの!!!」
「いやっ!!」
頬を膨らませて、林殊を睨んだ。
霓凰は、絶対に手を出さなかった。
「じゃあ、分かった。」
「見てろよ、綺麗だから。」
林殊は諦めて、自分の手のひらの上に出して見せることにした。
林殊が、後ろ手に持った物を出した。酒瓶だった。
葉っぱと何かの茎を巻いてで閉じてある口を開けて、逆様にして自分の手のひらに中身を出した。
ぽろぽろと出てきたのは、十数匹の、動かなくなった細長い黒い小さな虫だった。
「いやっ。」
「あれ?。」
「やっぱり変な虫だった!!」
「違う違うwww。」
よく良く聞けば、この黒い虫は、螢なのだと言う。
林殊は、螢のいる川を見つけて、霓凰に見せたくて、酒の瓶に入れて持って来たのだという。
馬を駆け、早く見せたい一心でここに来たのだが、林殊の腰に付けられた瓶の中の螢かどうなってしまうのか、残念ながら、急ぐ林殊の想像の外だったのた。
「川いっぱいの螢だったんだ!」
「霓凰に見せたかったよ。」
螢を見た事が無い訳ではなかった。夏になれば、穆王府の使用人が捕まえて来て、庭に放ったりすることがあった。
とても綺麗で、霓凰はいつまでも、螢の光り飛ぶ様を見ていたのだ。
それが、川辺に沢山となれば、話しだけでも興奮せずにはいられない。
「そんなに沢山の螢!!」
「林殊哥哥!、私、見たい!!連れて行って!!!」
きらきらと、霓凰の瞳が輝く。
つい、"見せたい"などと言ってしまったが、まずい、と、林殊は思った。
穆王府のお姫様だけあって、したいと思ったら無理にでも通してしまうのだ。
これだけ、可愛らしく、快活で賢い娘なのだ。父親の雲南王が、目の中に入れても痛くないような、大切な娘なのだ。
しかも、雲南王から何故か林殊は嫌われている。
一緒に出歩くことすら好ましくは思っていな様だ。
小さい頃に、林殊が色々連れ回しては衣を汚したり、あちこち擦りむいて帰ってきた。その原因が林殊だと思っている。まぁ、あながち間違ってもいない。
そもそもは、林殊に霓凰が付いてまわっただけなのだが、我が子可愛さの雲南王には、その様には思えぬらしい。
「じゃあ、霓凰、」
「連れて行くけど、雲南王の許しをもらって。」
「お父様の?、、、」
「何があるの?」
霓凰が怪訝な顔をしていた。だが、林殊は構わず外に連れ出し、小屋から続く山道を下へおりていこうとしている様だった。
林殊は、霓凰の驚く顔を見たいのか、変な物を見つけた自分を褒めて欲しいのか、、、。
幼い頃から幾度もこんな目に会わされたが、どっちなのかはよく分からない。
いつも水を汲む、沢の方に下りているようだった。
あの日、青冥関で、霓凰等 穆王府軍と南楚軍が激突した戦いで、穆王府軍が勝利した。
その勝利には江左盟の尽力があったからなのだが、、。
戦いの後、林殊は霓凰と再会をし、林殊は霓凰をそのまま連れ去ったのだ。
二人の経緯は誰もが良く知っており、雲南王の爵位を継いだ霓凰の弟ですら、その後、この二人を探そうとはしていない。
林殊は別に、どこへどうしようという目的があった訳でもなく、目の前に霓凰がいたから、連れ去ってしまったのだ。
その後の二人は目的も無く、ただ行きたい所を二人で廻る旅をする。後のことは、道々考えれば良いのだ。それで良いと思っていた。
それでも、離れ続けていた歳月は埋められない。
十数日、あちこちを廻っていたが、この山に入り、偶然、住人が去って間もない様な小屋を見つけた。
少年時代に、今、皇帝として君臨する簫景琰と三人で、よく隠れ家にしていた山の小屋と作りが似ていた。
小屋の周りの景色も、生茂る草木も違うというのに、二人はグッとあの子供の頃に心が戻り、数日ここで過ごすことにした。
日中の、辺りも明るい時間であれば、小川の流れる沢が間もなく見えようという所で、
「オンブしてやる。」
そう言われて、目の前でしゃがまれた。
────大丈夫なの??────
今は、怪童と呼ばれた頃の力はとても戻らぬが、それでもそこそこ力仕事もできる様だ。
しかし、長く力仕事を続けるのは辛そうだった。
霓凰が、やる前から心配したり、先回りしてやってしまうと、たちまち機嫌が悪くなるのだ。
────めんどくさい。────
と、思わないでもないが、自分は林殊を労るだけで良いのだと、それを望まれているのだと思った。
「え、、、こんな山道、私を背負って大丈夫なの?。」
「いいから、ほら!」
顔だけ振り返って、自分の肩を手で叩いている。
急かされて、霓凰はおずおずと負ぶさった。
「よっ、、、と。」
林殊は立ち上がり、足元に気をつかい、いつもよりゆっくりと、沢迄の山道を下っていった。
その足取りに、不安はなかった。
「霓凰、目を閉じて、。」
「ええ───?」
────またいつものアレよ。────
────また私をびっくりさせるやつ、、。────
これこそいつ以来なのか、、、、懐かしいが、少しは渋ってあげないと、暫く応じずにいると、林殊は立ち止まり、
「ほら、大丈夫だから、はやく。」
「wwwwww。」
「、、、、、、、うん。」
霓凰は目を閉じ、林殊の肩に顔を伏した。
林殊は山道を下りてゆく。背中にいても林殊が楽しげに歩いているのが分かった。
今晩は三日月で、足元もそう明るくは無いが、凸凹のある道を迷わずに下りてゆく。
────そうだわ、林殊哥哥は道を覚えるのが得意だったわ。
一度通ったら、細々とした道の特徴を覚えてしまったわ。山道なんか得意よね。────
どんどんと下りてゆき、立ち止まった。水の流れる音がする。
いつも水を汲む、沢の川辺まで下りてきたのだ。
「もう、目を開けても良いぞ。」
「!!!!」
顔を上げ、目を開け、驚いた。
川辺に沿って、沢山の螢の群が飛び交っている。
言葉も出ずに、ただ、幾筋もの光の線を残して飛ぶ、螢を見ていた。
「、、、、綺麗。」
こんなに喜んでもらえるとは、嬉しい限りの林殊だった。
霓凰は、背中から下り、川際の方に歩んで行った。
膝丈程の草が茂り、その草の上は螢か飛び交い、草葉の上には光りながら螢がとまっている。
見たこともないような数だった。
あの日を限りだった、、こんな風に川辺まで来て螢を見たのは、、、、、、。
────そうだわ、あの時も林殊哥哥に、こっそり連れて来てもらったのよ。
、、、、そう、そのあとが、大変だったんだわ。────
あれは 十四、五の夏。螢を見たくて見たくて、駄々をこねて林殊に連れて行ってもらったのだ。
思い出してつい、可笑しくなって、クスリと笑ってしまう。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
林殊がまた忍んできた。
時折林殊は、夜の早い時間に、穆王府の塀を超えて、霓凰に会いに来るのだ。
「霓凰、霓凰。」
霓凰の部屋の扉の前で、コッソリと名を呼んだ。
いくらもせぬ内に、霓凰が部屋から出てきた。
「霓凰、良い物見せるぞ。」
「目をつぶって、手、出して!」
林殊は後ろ手に何かを持っているようだ。
「え、、また??、、、もう、いやよ!!」
「この間は、変な虫だったもの!!!」
「いやっ!!」
頬を膨らませて、林殊を睨んだ。
霓凰は、絶対に手を出さなかった。
「じゃあ、分かった。」
「見てろよ、綺麗だから。」
林殊は諦めて、自分の手のひらの上に出して見せることにした。
林殊が、後ろ手に持った物を出した。酒瓶だった。
葉っぱと何かの茎を巻いてで閉じてある口を開けて、逆様にして自分の手のひらに中身を出した。
ぽろぽろと出てきたのは、十数匹の、動かなくなった細長い黒い小さな虫だった。
「いやっ。」
「あれ?。」
「やっぱり変な虫だった!!」
「違う違うwww。」
よく良く聞けば、この黒い虫は、螢なのだと言う。
林殊は、螢のいる川を見つけて、霓凰に見せたくて、酒の瓶に入れて持って来たのだという。
馬を駆け、早く見せたい一心でここに来たのだが、林殊の腰に付けられた瓶の中の螢かどうなってしまうのか、残念ながら、急ぐ林殊の想像の外だったのた。
「川いっぱいの螢だったんだ!」
「霓凰に見せたかったよ。」
螢を見た事が無い訳ではなかった。夏になれば、穆王府の使用人が捕まえて来て、庭に放ったりすることがあった。
とても綺麗で、霓凰はいつまでも、螢の光り飛ぶ様を見ていたのだ。
それが、川辺に沢山となれば、話しだけでも興奮せずにはいられない。
「そんなに沢山の螢!!」
「林殊哥哥!、私、見たい!!連れて行って!!!」
きらきらと、霓凰の瞳が輝く。
つい、"見せたい"などと言ってしまったが、まずい、と、林殊は思った。
穆王府のお姫様だけあって、したいと思ったら無理にでも通してしまうのだ。
これだけ、可愛らしく、快活で賢い娘なのだ。父親の雲南王が、目の中に入れても痛くないような、大切な娘なのだ。
しかも、雲南王から何故か林殊は嫌われている。
一緒に出歩くことすら好ましくは思っていな様だ。
小さい頃に、林殊が色々連れ回しては衣を汚したり、あちこち擦りむいて帰ってきた。その原因が林殊だと思っている。まぁ、あながち間違ってもいない。
そもそもは、林殊に霓凰が付いてまわっただけなのだが、我が子可愛さの雲南王には、その様には思えぬらしい。
「じゃあ、霓凰、」
「連れて行くけど、雲南王の許しをもらって。」
「お父様の?、、、」