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「うん、帰りは夜だし、雲南王の許しがあったら連れていくから。」
「、、分かったわ、お父様に話す。」
雲南王さえ許せば、堂々と連れて行けるのだ。

明日また、どうなったか聞きに来ると約束して、林殊は穆王府の塀を超えて帰って行った。

林殊は、雲南王の許しをもらうのは、多分無理だろうと思っていた。
そうしたら今度は、死なさないように捕まえた螢を持って来て、霓凰に見せてやればいいがと思っていた。

┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈

絶対に無理だと思っていたが、なんと霓凰は雲南王の許しを得たのだ。
それも二人だけで行っても良いと。
元々、霓凰は侍女を付けない。霓凰の行動に付いて来れないばかりか、今日はこうして遊んだああして遊んだと、雲南王に報告するので、霓凰は「女子らしくせよ」と、諭されてしまうのだ。
快活な霓凰が、父親も好きなのだが、目に余れば叱らずにはいられない。
この娘のお転婆の原因が、林殊なのだ。
そして霓凰の口から離れない言葉も「林殊哥哥」なのだ。林殊哥哥と二人でなど、良く許しを出したものである。寛容な雲南王である。
林殊はかなり驚いたが、霓凰は嘘をつくような娘ではない。
頭も良い娘なのだ、上手に父親に説明して、納得させたに違いないと思った。
次の日の夕暮れに出掛けていくことにして、霓凰はいつも林殊が越えてくるこの塀の前で待っていると言った。
丁度その日は、雲南王は出掛けて王府には帰らぬので、王府への挨拶も要らぬという、何とも林殊には都合の良い、螢狩りの出発となるようた。

翌日の夕暮れ前に、林殊が馬を駆け約束の場所へ行くと、霓凰が一人待っていた。
霓凰はいつもの衣ではなく、あまり見かけない綺麗な衣を着ていた。
薄い水色の涼しげな衣で、とても良く似合っていた。
霓凰の姿に心が躍る。自分の為におめかしをした霓凰に、心が締め付けられそうになる。
林殊は馬の上から下りもせず、側まで行って手を差しのべる。
霓凰はその手を掴み引き上げられると、ヒラリと飛んで何とも自然に林殊の後ろに乗ったのだ。
「あまり時間が無いから、行こうか。」
「うん。」
霓凰が背中にしがみつく。この密着感に林殊は、頬が紅潮するのを抑えられず、自分の顔を霓凰に見られなくて良かったと思った。
時間も無いのも事実で、門が閉まるまでの約束だった。
ギリギリ間に合うかという感じで、霓凰を後ろに乗せ、馬を馳せる。
霓凰は馬術にも長けている。そこら辺のなよなよした子女ならば出来ないが、霓凰は馬と林殊の動きにも合わせて乗れるので、城門を出ればかなりな速さが出せる。
これならば、螢を見て直ぐ帰る訳ではなく、幾らかはは遊んでこれそうだと思った。
風を斬り、夕暮れの中を駆けて行く。

都の城門を出て、目的の地へと着く。
そこは都の外れと言ってもよかった。
緩やかな丘陵の麓、森から流れる小川にいた。
到着した頃には辺りはすっかり暗くなり、丈の低い草に止まって光る螢や、飛びながら光る螢が、川に沿って生息しているのがわかった。
千匹以上はいるかという数の螢だった。螢の光り飛び交う様に、霓凰は興奮していた。
川辺にしゃがんで、草にとまって光る螢を見ていた。
「凄いわ!!こんなに沢山の螢、初めて見た。」
「こんな所、いつ見つけたの?」
なんだかこんなに喜んで貰って、林殊は嬉しくなる。
「去年、景琰と見つけたんだ。」
「ふーん、良いわよね、男の子って。自由に出歩けて。」
「女って損だわ。」
━━━━私は、霓凰が女の子で良かったよ。━━━━━
螢を見ながら愚痴る霓凰、霓凰らしい考え方だ。小さい頃からこうだった。
この頃は、佇まいが何だか女の子らしくなってしまい、時折、林殊の心をどきりとさせる。
だが、子供みたいな、以前と変わらない部分もあるのだ。
そんな所が残っているのも微笑ましくて、、。
「何?どうして笑ってるの?」
「ん?笑ってなんかいないよ。」
つい、にやついてしまったらしい。
「林殊哥哥、また何かイタズラ考えてるのね!!」
霓凰は、目の前の小川から水をすくって、後ろに立つ林殊に掛けた。
「やったな!!!」
自分も霓凰に掛けようと思ったが、一瞬で躊躇して止めた。霓凰の綺麗な衣が、濡れてしまうからだ。
━━━━それならば!!━━━━
林殊は幾らか霓凰から遠のく。
「ほーら、私に水をかけてみろよ。」
「もう!!絶対にかけてやるんだから!!」
両手で水をすくい、立ち上がる。霓凰の周りの草に止まっていた蛍が一斉に飛び上がった。
霓凰は林殊に向かって小走りになる。
飛び交う螢の中の霓凰が、何とも幻想的で、林殊は、そんな螢と霓凰を暫く見ていたかった。
━━━━もう少しじっとしてたら良いのにな。━━━━━
二人、夏の風情を楽しんだ。


林殊はもっと居たかった気持ちを抑えて、遅くならずに、城門が閉まる前に帰ってきた。
余裕もある位だった。
━━━━これなら、雲南王の機嫌を損ねる事もないよな。
私にしては、優秀な位だ。━━━━━

穆王府に着く。
行きは霓凰の言われるがままに、挨拶一つせず連れ去った様な形になってしまったが、いくら、雲南王が留守とはいえ、霓凰をきちんと送り届け、評判の行儀の悪さを払拭したかった。
「ここで、良いわ。」
と、霓凰は何故か頑なだった。
━━━━そうはいかない。私だって少しはちゃんとしてる所をわかって欲しい。━━━━
ましてや、帰りは夜になったのだ。このまま霓凰をここに置いていったら、男として無責任も甚だしい。

暫く霓凰と云々していると、門の方に向かって来る、人の群れの気配を感じる。目をやると、雲南王と従者、十人程が林殊と霓凰の方に向かってくる。
居ないと聞いていた雲南王だったが、急な変更でもあって、王府に早く帰ったのだろうと、林殊は思った。
襟を直していずまいを正し、挨拶しようと心の用意をしていた。
「お父様ごめんなさい。」
「違うの!!私が林殊哥哥に駄々をこねて、連れて行ってもらったの!!」
霓凰の悲痛な叫びだった。
霓凰のこの言葉で、何が起きているのか理解をする。
━━━━そうか、霓凰は嘘をついて私と螢を見に行ったのだ。━━━━
━━━━父親の雲南王に嘘をついてまで、、、、。━━━━
霓凰は、ほんの数刻の間、雲南王と林殊を欺く小さな嘘なのだと思っていた。
そして全ては上手くいく筈だったのだ。
誰も傷つかず、自分も林殊との時間を過ごせる。
だが、雲南王は全てを見抜いていたのだ。
「林家の倅よ。理もなく霓凰をただ一人、暗くなるまで連れ歩いた、この責任をどうするのだ。」
静かな物言いではあるが、雲南王の強い怒りを感じた。
「私が無理を言って、霓凰を連れ出しました。」
「全ては私が悪いのです。」
「責任は私にあるのです。」
「私を罰して下さい。」
林殊の判で押したような慣れた謝罪だった。なるべくならば、こういった"謝る"とか"怒られる"場からは逃げたい方だが、霓凰だけに押し付けられない。
間髪を入れずに霓凰が言う。
「違うわ、お父様。私が嘘をついたの、林殊哥哥は何も悪くない。」
「罰を受けるなら私よ。」
見兼ねたのか、雲南王が声を荒げる。
「黙りなさい、霓凰。お前の頼みでも、引き受けて連れ出すなぞ、非常識極まり無い。」
作品名: 作家名:古槍ノ標