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ぼくらの日常

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学校帰りのバス、伊藤開司はぼんやりと吊革にぶら下がるように立っていた。
 カイジの前の席では女子がふたり、小さな声でくすくす笑いながらファッション雑誌を覗き込んでいる。
 バスの中で本なんか読んで気持ち悪くならないのかな、などと余計な心配が胸先をかすめたところで、女子の片方が小さな悲鳴を上げた。
「いった、紙で指切った」
「大丈夫?」
 おろおろとしている女子二人に、カイジは無言で自分のカバンを開き、絆創膏を差し出した。
「え? なに?」
 困惑した顔で指を切った方がカイジを見上げる。
「……やる」
「あ、あぁ……ありがと」
 戸惑いながら絆創膏を受け取る女子に、どきんどきん、と妙に鼓動が高鳴った。
 指を切らなかった方が、切った子に絆創膏を巻いてやりながら、ぷっと吹き出す。
「え?」
 突然笑われて今度はカイジがおたついた。
「伊藤さー、いつも絆創膏なんか持ち歩いてんの?」
「女子力たっか!」
 語尾に小文字のwだとか(笑)をいくつも付けそうな勢いで女子二人はカイジをあざける。
 ……親切のつもりだったのに、馬鹿にされた……!
 ぐんにゃり、と目の前が歪むのを感じて、カイジは無言のまま乗降ボタンを押し、そそくさと乗降口の方に移動した。
「何あれ、何怒ってんの?」
「感じわる。だから友達いないんだよ」
 女子二人の声がカイジの背中に突き刺さる。
 くそ、くそ、こんなことなら仏心など出さず、無視していればよかった……! 頭の中でぐるぐると後悔が渦を巻く。
 カイジは女子たちを振り返ることをせず、黙ったまま降りる予定のなかったバス停で下車した。
「……ふぅー」
 バスが発車してようやく大きく息をつく。
 女子たちに笑われたとき、すぅ……と胃の裏が落ち込んで冷たくなったような感覚があって、気持ち悪くなった。
 絆創膏を出したのは良かれと思ってだったのに。そして、それを差し出すのに勇気を振り絞ったのに。
「……くっそ! 何が女子力だ!」
 鞄を開け、残った絆創膏を道端に捨てようとして……カイジは思いとどまった。どこかでこの絆創膏を自分が必要とする場面に出会うかもしれない。
 別に他人のために持ち歩いているわけじゃない。
 鞄を閉め直すと、カイジは空を見上げた。
 やけに天気は良く、空は澄んで晴れ渡っていた。
「で、どこだ。ここ?」
 周囲を見渡せばあまり馴染みのない場所、バス停の案内を見れば折り悪く、ちょうど三十分も待たなくては次の便がないタイミングだった。
「あ゛ー! もうっ! ついてねーな!」
 カイジはただでさえおさまりの悪い髪をバサバサと掻き毟って、本来利用するはずだったバス停の方向に向かって歩くことにした。
 幸い繁華街まではバス停を二つほど。繁華街まで行けばさすがに帰り道はわかる。
 カイジは女子にあざ笑われたショックから抜け出せないままに、肩を落としとぼとぼと商店街を目指した。


 15分も歩いただろうか。ようやく商店街のとば口に差し掛かり、ほっとしていると裏路地の方角から破砕音が聞こえてきた。
 咄嗟に鞄を抱え、身を竦める。
 すると、同じ学校の制服を着た白い髪が見えた。
「あいつ……」
 確か赤木しげるといったか。成績優秀、整った容姿で、学校でも目立つ男だが、不登校気味なのか中々学校で見ることはない。だから、学校でアカギを見るとラッキーだとかなんとか言われている。だが、素行はかなり不良らしく関わったらヤバい、という噂も聞く。そんな男をここで見かけたのが幸運だったのかどうか。
「……見なかったことにしよう」
 目を逸らしかけた視界の隅で、何か光るものを見た。
「え?」
 アカギの背後にいる男が刃物を持ち出していた。
「おいっアカギ!」
 咄嗟に駆け寄って刃物を持った男に飛び蹴りをかますと、アカギの腕をひっつかみカイジは必死になって走った。
 後ろから罵声が聞こえる。
「おっちゃんごめん!」
 カイジはアカギを伴ったまま、適当な商店に飛び込んで裏口に抜け、ジグザグに走った。
「おい、あいつら探せ!」
 アカギとカイジを探す連中の罵声がそこかしこから聞こえる。
 しばらく経つと喧嘩相手だった奴らが集まり、悪態を吐きながら、諦めて場所を移動するのが見えた。
 カイジは逃げ出した場所にほど近いゴミ集積場の陰からひょこっと顔を出した。
「へへ……この商店街を逃げ回るのに関しちゃ、オレを甘く見るな……!」
「威張れるの、それ?」
 横から突っ込まれて、カイジはびくっとそちらを向いた。そういえば、ずっと手を掴んだままでいたことに気が付き、カイジは慌てて手を離す。
「あ、なんか……わりぃ……」
「いや、べつにいいけど」
 初対面の相手の手を掴んでいたのが恥かしくて、カイジは焦って取り繕おうとした。
「お、お前……何やってたんだよ……あんな大勢……しかも、あいつら、最近ここらで暴れてる連中だろ……」
「喧嘩」
 あっさりとした答えにカイジはアカギの方を見て、それから大きな目をことさらに見開いた。
「お、っまえ……その、怪我……」
 今までまともに顔を見ていなかったから気が付かなかったが、アカギは顔と言わず身体と言わず傷だらけだった。
「あぁ、たいしたことない。舐めときゃ治るよ」
「バカ、自分の顔なんてどうやって舐めるんだよ……!」
 走り回って逃げている間に、血は乾いてこびりついている。
 カイジは鮮魚店の裏口にあった水道を拝借すると、持っていたハンカチを濡らし、アカギの顔を擦ってやった。
「ほら、あとは自分でできんだろ。傷口ちゃんと洗っとけ」
 素直にカイジの言葉に従ってアカギが傷口を洗う間に、カイジは鞄を漁って絆創膏を取り出す。擦り傷でも作った時に使う大判の絆創膏が何枚か入っていた。
 今日はずいぶん絆創膏が活躍する日だ。
「……さっき捨てなくてよかったよ」
 自分では見えないだろう顔には、カイジが絆創膏を貼ってやり、腕についた大きめの傷用にもう一枚をアカギに渡す。
「……あらら、案外難しいね」
 アカギは絆創膏の包装をむしり取り、自分で貼ろうとしてぐちゃっと皺にしてしまった。
「お前、不器用だな……」
「そんなこと、初めて言われた」
「はぁ……いいから貸せ」
 カイジはアカギが皺にした絆創膏を受け取ると、丁寧に広げ、改めて貼り直してやった。
「器用なもんだね、ありがとう」
「お、おう」
 こいつもお礼とか言うのか、と新鮮な感じがして、それからカイジははっとした。
 赤木しげる。
 噂でしか知らないが、素行不良も名高い、そしてあんな大勢を相手に大立ち回りをしでかし、何をしていたかと問えば、しれっと「喧嘩」などと答えて平然としている男。
 ヤバイ奴に関わっちまった。
 さっと血の気が引いた。
 自分だって、素行に関して言えばけして褒められた方じゃない。だが、あんな大勢を相手にするような喧嘩はいくらなんでもヤバすぎる。
「じゃ、じゃあ……オレは……コレで……」
 ははっと笑って誤魔化し、後ずさって逃げようとしたら、すっと伸びてきた手で頬を摘ままれた。予備動作のない動きで避けられなかった。
「あぁ、これ古傷なんだ」
 カイジの頬に残る傷をすっと指先でなぞり、アカギは微笑んだ。
作品名:ぼくらの日常 作家名:千夏