マトリョーシカ
エピローグ
大方の、そしてユリアの予想をはるかに超えて、事態の進展は早かった。ザイコフがショプロンを訪ねた４日後には東ドイツのホーネッカー政権が倒れ、翌月のはじめにはベルリンで１００万人デモが起こる。そして１１月９日、とうとうユリアの言う『目に見える壁』にも穴が開いた。
ベルリンの壁が崩れ去っても、事態はまだ収まる様子がなかった。それどころか、さらに巨大なうねりとなって加速度を増したようだった。１１月１０日には、ブルガリアのジジコフ書記長が政権を放棄した。１７日にはプラハで３万人デモが起こり、チェコの一党独裁が崩壊していった。東欧最後の牙城と目されていたルーマニアでさえ１２月には全国規模での自由化運動が起こり、その後わずか１０日でチャウシェスクが処刑されて、独裁政権は終わりを告げる。
この雪崩のような変革の嵐を、ユリアは何を思いながら見ているのだろう。今日もあの静かな病室の窓辺に椅子をすえて、国境を眺めているのだろうか…。
その年の末、ふとそんなことを考えていたザイコフのもとに１通の封書が届いた。ミーシャからだった。中を開くと、わずか数行の簡単な文面がユリアの死を知らせていた。
死亡の日付けは１2月４日・月曜日。地中海の小島で米ソ首脳が冷戦終結を宣言した、その翌日だった。
（OP&ED Music：Разные Люди / Ангел )
Холодный январь, и пиво не лечит 一月は寒く、酒は癒しにならない
Последний трамвай уходит пустым 最終のトラムが空っぽのまま発車していく
Я живу эту ночь ожиданием встречи 私は出会いの期待にこの夜をすごす
Я курю до изжоги удушливый дым 胸が悪くなるほど煙草をふかして
Твой маленький ангел расправит мне плечи 君の小さな天使が私の背筋を伸ばす
Твой ангел войдет в меня босиком 君の天使は裸足で私の中に入り込む
Откроет все окна и разожжет свечи すべての窓を開け放ち、明かりをともし
И наполнит теплом остывающий дом 冷え切った家を暖かさで満たす
Я буду весел, я буду беспечен 私は陽気になり、悲しみは消える
Я ему, смеясь, расскажу обо всем: そして笑いながら、天使にすべてを物語るのだ
Как холоден январь, и пиво не лечит どんなに一月が寒く、酒が癒しにならないかを
Что тоскливо душе и ночь за окном 心をふさぐものと、窓の向こうの夜のことを…
(和訳/Angie )