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バウムクーヘンの正しい食べ方 (仮)

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 真壁を先に戻らせ、梶山は一人、薄暗い会議室に残った。
 さほど時間は経っていないはずだが、厚い雲が陽を覆ってしまったのか、室内に漏れ入る光はすっかり勢いを失っていた。

「そういえばさ、あんた、昔……」
 部屋を出る直前、扉に手をかけた真壁は、最後にそう言い残していった。
 もう20年以上も前、新郎の同僚として結婚式のスピーチを引き受けた時のことだ。

『ねえ、やっぱ人選間違いだったんじゃない? あいつ、トークのセンスないよ』

 綺麗な朱に彩られた口元を隠し、ひそひそと声を潜めているが、その声は梶山の耳にしっかり届いた。
 悪態をつく新婦と、まあまあと宥める新郎。梶山の目の端で、じゃれるように諍いながら笑顔を浮かべた二人の姿は、今も、瞼の裏に焼き付いている。
 
 直前に呷ったアルコールにも助けられ、ウィットに富んだ流暢なスピーチは大盛り上がり。「意外とやるじゃん」と面喰らう顔を見て、梶山は小さな矜持を取り戻した。

 その帰り道。胸ポケットに綺麗に畳み込んだスピーチの原稿は、駅のホームで、ぐしゃぐしゃに丸めて、捨てた。

 小さな嘘や、人を楽しませる言葉は下手かもしれないが、本心をすべて覆い隠して道化を演じることは、案外、容易いことだった。
 それなのに、昔はできたはずのことが、今はできない。未来に向かって歩き出した彼女に、錆び付くほど古びた思いの丈をぶつけてしまった自分に、梶山は苦笑した。

「いい歳だし、2回目……なのに、なぁ」

 心にわだかまる気持ちを供養する方法を思い出すには、まだまだ時間がかかりそうだなと、手頃な椅子に腰を沈めた。