鏡の中の……
もちろん体温なんざ感じるわけもないが、なんだかぬくいような気がした。
ぬくいとすれば、それは鏡に移ったオレの体温だ。
カイジさんの体温じゃない。
「……もっと話は聞きたいが、ゆっくり休め」
カイジさんはまるでガキをあやすみたいに言った。
ぼろぼろとカイジさんは泣いていた。カイジさんはオレのために泣いてくれていた。
それきり、カイジさんに会えなくなった。
だが、オレの方は見かけるたびに鏡を覗くのが癖になっちまった。何も知らないやつにはナルシストだなんだとからかわれることもあったが、別にてめえのツラが拝みたいわけじゃない。
またいつかカイジさんに会えるんじゃないか、そんな気がして。
いい爺になってもまだ、オレは鏡を覗くのをやめられない。
鏡を覗けばいつだって歳を喰ったオレのツラが映る。
「赤木さん、ほんと身だしなみ気にするね」
ひょいとフルスモークの車を覗いて天の奴にからかわれた。
「お前が鼻ほじってんのも見えてんぞ。みっともねえ」
顔を上げようとしたら、眉の太いびっくり顔が映っていた。
「……あ、あか、ぎ……?」
懐かしいそのツラは、オレの後ろに映っていた。
振り返れば、あの頃と変わらないカイジさんの姿。
「カイジさんか?」
「あ、あぁ……おっさん、アンタ本当にアカギなのか?」
カイジさんはお馴染みのデカい目をぱちくりしながら、オレを見ていた。
無意識に手を伸ばすと、触れた頬は温かかった。
「あぁ、オレの名は赤木しげるだ」
「……そっか。えっと……まさか、昨日の今日でアカギに会うと、思わなくて……生で見ると案外老けてんな」
「何言ってんだ、三十年もツラ見せねえで」
「三十年……そっか」
カイジさんは口の中でぶつぶつと何かを言った。
ぶわっとカイジさんの眼から涙が溢れた。
……あぁ、やっとあんたの涙を拭ってやれんだな。
「えーっと、話が見えないんだけど、赤木さん、知り合い?」
天が不思議そうな顔で交互にオレとカイジさんを見比べている。
「あぁ。昔っからのな」
「そっか。じゃあ、あんたもうちに来いよ。えーと、カイジ、さん?」
天がいつもの調子の人懐っこい笑顔で話しかけると、カイジさんは驚いて目をぱちぱちさせた。
「え?」
「これから赤木さんと鍋すんだ。一人ぐらい何とかなるから」
強引に天がカイジさんの肩を抱く。
「え? え? えぇ!?」
「そいつはいいや。付き合えよ、カイジさん。積もる話もあるんだ……三十年分」
オレの言葉に、カイジさんは困ったみたいに見返してきて、それから困り顔のまま笑った。
「聞かせろよ、三十年分」