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胸さわぎのAfter School(仮題)

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下校時刻を告げるチャイムが校舎に響き渡った。
校内はおろか、先ほどまで部活に励む学生でいっぱいだった運動場も今は人がまばらとなり
昼間はやたらと騒がしかった学園も落ち着いてひっそりと静まりかえりつつあった。
そんな中、夕日が差し込み赤く染まった教室で机に向かっている一人の学生。
スイスだった。
近代の経済傾向について詳しく記された分厚い本を机に広げ黙々とノートにペンを走らせていた。
言葉を書き写し、自分なりの解釈を加え、重要な部分にはアンダーラインを引いて、
後で誰が見てもわかりやすいようにまとめあげていた。
傍らにはカラフルな色のペンがちらほらと。
節約を好む彼はペンなど黒と赤の2色あれば充分だと豪語していたのだが
可愛さを求める年頃の妹には好きなものを持たせてやっていた。
するとある日彼女はいくつもの色のペンを2本ずつ買ってきてその半分を兄に渡した。
「お揃いです」との事だった。
何でも兄と同じにと望む妹は日常で使う筆記用具までもお揃いであって欲しいらしい。
そんな妹の事をふと思い出し微笑ましさに、スイスはペンを走らせていた手を休めふっと息を零した。
丁度腕も疲れてきたところだった。
一旦ペンを離し肘から先をぶるぶると振って強張った筋肉をよくほぐし
ついでに同じ方向に傾いてばかりだった首もぐるりと回してみた。
こきりと小気味良い音と共に視界が教室を一巡する。
前方の黒板側の出入り口まで届いた所でスイスは視界の巡回を一旦中断させた。
学年が違う為に普段はこの場所で見かける事は滅多にないが、スイスがその姿を見間違うはずがない。
「リヒテン」
自習に勤しむ兄に気を使い入るタイミングを見計らっていたのだろうか、
リヒテンシュタインは声をかけられた事でほっと安堵した表情を浮かべ
失礼いたします、とスイス以外他に誰もいないにも関わらず
律儀に礼と挨拶をこなしてから教室に入ってきた。
「部活は終わったのであるか?」
誰に対してもどこか刺々しさを感じさせるスイスの物の言い方も、妹にだけは例外でありその声色は穏やかで優しい。
「ええ、少し前に」
リヒテンは家庭部なる調理と被服を総合した部活に在籍し日々実習に精を出していた。
一方他者との関わりを極力望まないスイスは委員にも部活にも入らず孤高を決め込んでいたのだが
どんな危険が潜むかわからない通学路を妹一人で下校させてなるものかと
今のように自習に励む事で時間を潰しながら、リヒテンの部活が終わるのを待ち
二人揃って帰るというのが兄妹の学園生活の常となっていた。
いつもは終了時間を見計らいスイスが部室の前まで迎えにいくのだが
今日に限っては勉強に熱が入ってしまい、気がつけばとうに他の生徒は皆帰路についている頃合だった。
「もうそんな時間であるか。すまぬ、夢中になりすぎた」
「いいえ、私も少し支度がありましたので」
支度?スイスが言葉を反芻して考えていると、そこでふと気が付いた。
さりげなくリヒテンが後ろ手に何かを持っている事を。
「実習で作りました。お兄さまに召し上がって頂きたくて」
後ろ手からスイスの目の前に差し出されたのは
赤い紙色にいくつもの小さな白十時の模様が散りばめられた包装紙を鶯色のリボンで巻いた小さな袋。
デザインというものにあまり重きを置かないスイスでも一目して凝っていると思わせる装飾だった。
支度、というのはおそらくラッピングの事であろう。
手作り感を漂わせながらも丁寧に、且つ見目の可愛らしさを忘れない出来に仕上げられる
器用さとセンスを備えた妹をスイスは内心自慢に思った。
「うむ。ありがたく頂こう」
スイスは椅子から立ち上がり、両手で大事に小袋を受け取った。
そしてそのまま鞄にしまおうとしたスイスを見てリヒテンシュタインから思わず声が漏れた。
「あ…、出来立てを、口にして頂ければと思っていたのですが…」
「っう…、それは、あー…、そうしたいのは山々ではあるが…」
切な要望にスイスが口ごもっているとその内にリヒテンシュタインはしょんぼりと眉尻を下げ首をうな垂れてしまった。
見るからに気落ちしたリヒテンシュタインの姿にスイスの罪悪感が刺激される。しかし。
「しかしだな、このような場面を人に見られでもしたら…」
そう、表向きには兄妹であっても事実彼らの関係は…。
「下校時刻は過ぎています。
ここに来るまで誰ともすれ違いませんでしたし、ほとんど誰も残っていないのではないかと」
そこまで言われるとスイスは返す言葉も無い。
人が来ないと断定する確たる証拠はないものの、何も本心から妹の手作りを食べたくない訳ではないのだ。
「…うむ。では折角であるし…」
スイスは折れる事にした。
しゅるり、とリボンをほどきラッピングの口を緩めると
中から香ばしい香りが漂いスイスの鼻腔をくすぐった。
ラッピングの中身は。
「…クッキー、であるか」
「はい、一応味見はしたのですが、兄さまのお口にあうかどうか」
「ふむ」
適当に小袋から取り出した一枚はハートをかたどった何とも可愛らしい形で、
一口サイズのクッキーをそのまま口に放り込み噛みしだく。
そんなスイスの一挙一動をリヒテンシュタインは真摯な眼差しで見守っていた。
ごくんとスイスの喉が音を立て、開口一番。
「………うまい」
「本当ですか」
率直なスイスの言葉は心配の影をちらつかせていたリヒテンシュタインの表情を明るくさせた。
さくさくと軽い食感と適度な甘さ、こんがりと狐色の焼き加減が程よくバターを焦がして風味を上手く生かしている。
一枚を食べるとまた次の一枚に手が伸びる。
純粋な美味しさに加え、勉強に疲れた脳が糖分を欲しがっていたというのもある。
更に放課後という時間帯の微妙な空腹加減も手伝って、
次から次へと食べる自分をはしたなく思いつつもスイスは口に運ぶ手を止めることができなかった。
リヒテンシュタインも自作のクッキーを兄がそこまで喜んで食べてくれているのをただ嬉しそうに穏やかに眺めていた。
ふと。
「あら、…欠片が」
一言断ってから、リヒテンシュタインが一歩分スイスの前に近づいて
制服の胸のあたりに零れ落ちたクッキーの小さな欠片をさっと払う。
「…あ、あぁ…」
不意に自分の身体に触れた手に、
そして触れた場所が丁度心臓と近いともあってスイスの胸はどくんと大きく高鳴った。
何回か胸を撫ぜるように払って大方の欠片を落としても
リヒテンシュタインはスイスから離れずにむしろ更にもう半歩分歩み寄り距離を詰めてきた。
「こ、今度は何であるか?」
息を吹けばかかる程に近くなった妹との距離にスイスは思わず上擦った声を出してしまう。
「あの、ネクタイが曲がっていたのが気になったので」
「………あー、目の前を不埒な格好でうろつく輩が居たので追っかけまわした時であるな」
こめかみに手を当てて記憶を反芻するスイス。その表情は渋くあまり思い出したいものではないようだ。
この学園らしいと言えばらしいどたばた劇があったらしい。
不埒な格好と聞いてリヒテンシュタインの頭に噂に名高い何人かの候補者が浮かび、
その人物と兄とが追いかけっこに興じていたであろう姿を想像し