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月光闇討ちデスマッチ

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「……そろそろ寒くなってきたな」
 開店する頃にはもう少し暖かくなるだろう、と薄着でパチ屋の開店待ちに来たオレは、今朝の自分の判断を後悔しながら軽く腕を擦るようにして空を見上げた。
 空は薄く曇り、どんよりとした色を保っている。都会の空なんて基本こんなもんだ。東京の空は四角い、なんて言ったのは誰だったか。本当はスカッと青くてもいいはずの空は、四角く切り取られて薄墨を流し込まれ、憂鬱そうな顔をしている。
 柄にもなくセンチなことを考えちまったオレはパチ屋の広告に目を移した。煌びやかなアニメ調に描かれたアイドルがにっこりと微笑みかけてくる。俺はこのアイドルのことをよく知っているが、知らない。爆発するらしい、と評判のスロのキャラクターになっているからだ。そこでならよく見る。人気があるらしいが、オレにとってはなかなか当たり目を引かせてくれない不倶戴天の敵だった。
 ……こいつが揃ってくれればと何度祈らされたことか。それに比べて、横でうぐうぐと涙を湛えているキャラは、小当たりといえどよくオレに微笑みかけてくれる。そんなわけで、どっちかというとオレのひいきは泣いてる方だ。リアルの彼女たちを見たことはないけど。人間の好悪なんてそんなもんだろう?
 開店までもう間もないだろうが、あとどのぐらい待てばいいんだろうな。
 駅前に高々とおったてられた時計台に目を向ける。なんだか意味の分からないオブジェに組み込まれた時計はひどく見にくい。芸術性よりも利便性だろうが。ったく、お上って奴はそういう無駄なことにばかり金を使いやがって。そんなムダ金が唸ってるんなら、こっちに回せってんだ。
 そんなことを考えてると、ふとタクシープールの近くにフルスモークのヤバげな車が止まっているのが目に入った。
 ……帝愛か?
 一瞬身構えたが、中から出てきた黒服はオレになど見向きもせずに、他の誰かを探しているみたいだった。
 そういえば、昨日声をかけてきた黒服が「白髪の若い男を探している」と言っていたっけ……あいつら、今日もそいつを探しているのか。アカギシゲル、だったか。いったい何をしでかした奴なんだろうな。
 そんなことを考えていたら、ひょいっと視界の隅に白髪頭が目に入った。自分が追われていることなど、考えもしないのかごく当たり前の顔で、何を気負った様子もなく歩いている。
 幸い、黒服たちはまだその男に気づいていない。
 ……どうしよう。
 頭の中にそんな言葉がよぎった。
 何がどうしようなんだ、何を考えてるんだ、オレ。
「……やめとけ、やめとけ。オレには関係ねえ……!」
 唇を噛みしめ、前を見る。
 アカギってやつにどんな事情があるのかをオレは知らない。探されているからには何か理由があるんだろう。
 余計なことに首を突っ込んでも、ろくなことにはならない。んなことは、骨身に沁みてわかってるはずだ。
 ……けど。
 オレにしちゃ珍しく努力をして、早くから並んだ好位置。この位置なら台を選べることは確実……! 上手くすれば甘い設定の台をやすやすと手に入れられる……!
 だが、こんな気持ちのまま勝負に集中できるのか……!?
 否……! それは断じて否だ……っ!
 他人がオレと似たような境遇に陥っているのを見送って、安穏と勝負に没頭なんぞできるわけがねえ……! こんなことが気にかかったままじゃ、些細なチャンスも見逃しちまう……!
「っくそ! せっかくいい位置キープできてたのにっ!」
 オレは逡巡の後、白髪頭の男の元へ駆け寄った。
「なんだ、あんた?」
「いいからこっちに来い!」
 遮二無二手をひっつかみ、物陰に飛び込む。
「お前『アカギシゲル』か?」
 周囲を警戒しながら、念のため確認する。
「……」
「違っていたとしても、まぁいい。最近ここらじゃ怪しげな黒服の連中が、白髪頭の『アカギシゲル』て男を探してて年齢風体がお前に合致する。このあたりをふらつくつもりなら、帽子をかぶるなり……」
 白髪頭の男はオレの言葉を聞きながら、胸ポケットからハイライトを取り出すと、一本口に咥えた。
 かちり、ライターに小さな火が灯り、細長い紙巻きたばこの先端を赤く色づける。
「ふうん……探されてるんだ」
 こいつ、笑ってる……? あまり表情の見えない整った顔に、うっすらと愉快げな色が乗っかっているような気がした。
「笑ってる場合なのかよ、結構な強面連中だったぞ」
「見た目なんざ関係ねえな」
 そう言ってアカギシゲルはオレを確認するように上から下まで視線を走らせた。
「で、あんたは何故俺を庇おうとする?」
「……っう」
 そうだ、理由なんてない。
 ただオレはこいつが黒服に追われてるんなら逃がしてやろうと思い立った、それだけで……。
「堅気ってわけじゃなさそうだ。かといって、ヤー公にも見えねえな。何者?」
「何者っていうか……その、他人事には思えなくて……それで、つい……」
「ふぅん……」
 なんとなく先生か何かに呼び出しを喰らって、不手際の説明を求められてるみたいなそんな気分に陥る。
 苦手だ、こういう状況……。
「じゃ、じゃあ、まぁ、そういうことだからっ! 気を付けろよっ!」
 背中を向けて立ち去ろうとしたオレの襟首をぐい、とアカギシゲルは掴みやがった。
「ぐぅえっ!?」
 蛙が潰されたみたいな声を上げて、オレは引き戻される。
 こいつ、見た目より力強え……。
「まぁ、待ちなよ。確かにオレは赤木しげる。あんたの名は?」
「名? 名は……」
 オレは素直に教えるのを躊躇った。
 今更ながらにこのアカギってやつはやばい奴なんじゃないかという気がしてきたからだ。だけど、アカギは特に含む様子もなくオレの返答を待っている。
 ……いいか、名前ぐらい。
「カイジ、伊藤開司……」
「ふぅん、カイジさんね。いい名前じゃないか」
 あ、また。
 アカギの唇の端にほんのりと笑みみたいなものが乗る。
「他人ごとに思えないってことは、カイジさんも誰かに追われてる?」
「追われてるってわけじゃないが……追われてたとしてもおかしくないっつーか……」
 オレがごにょごにょと誤魔化そうとすると、アカギはオレの左手を掴み、まじまじと見た。
「そいつはこの傷と関係ありそうだな」
「……あぁ」
 オレが不承不承頷くと、アカギはにぃ、とひどく悪い笑顔を作った。
「面白そうだ、聞かせろよ」
 ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
 触っちゃいけないものに触っちまった。こいつは勘だ。その悪寒はゾクゾクと背中を走り抜けて脳天を貫く。
 焦って手を振り払おうとしたが、解けない。
「聞かせちゃくれないのかい。つれないな」
 オレはどうしていいのかわからなくなって、俯いて唇をかみしめた。アカギを逃がそうとしたのはちょっとした親切心だった。
 どうしてそれがこうなった……?
「あと、オレは別に追われてるわけじゃないぜ」
「え?」
 新たな情報に俺は呆けた面を上げる。
「でも、あいつら確かにアカギシゲル、って……」
「大方、仕事をさせたくてオレを探してるどっかの組だろう。面倒といえば面倒だが……」
「仕事……」
「あぁ、たまに代打ちを引き受けてる」
作品名:月光闇討ちデスマッチ 作家名:千夏