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月光闇討ちデスマッチ

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 それじゃ、オレはあいつらがアカギを探す邪魔をしただけで、助けたわけでも何でも……!
「っ……わりぃ……」
 とんだ勘違いにかぁっと頬が熱くなった。
「あらら、まっかっか。別に悪かないけど」
 アカギが手を離してくれたが、強く掴まれた手は痺れている。オレはその手を振って少しでも早く感覚を取り戻そうとした。
「は、はは……早朝から並んでたの棒に振って、やったことといえば他人の仕事邪魔しただけか……」
 あまりの間抜けさ加減に眩暈がした。
「悪かったな。……早く行けよ、まだ探せばあいつらその辺にいるだろ。お前もあいつらも目立つしすぐ見つかる……」
 うなだれるオレの前で、アカギは吸っていた煙草を捨てると踏み消した。くっくっくと喉の奥を震わせるような笑い方をしている。
「いいよ、気が乗らない。それよか、あんたとつるんでる方が楽しそうだ」
「は?」
 オレが顔を上げると、アカギはさっきまでとは違う楽しそうな顔をしていた。
「勘違いだったにせよ、あんたオレのこと助けようとしてくれたんだろ」
「あ、あぁ……まぁ……」
 アカギはオレの方に手を差し伸べてきた。
「一杯やるにはまだ早いが、どうだい? それとも昼間から酒なんてとんでもねえ……って口には見えないが。奢るぜ」
 アカギからの申し出に俺はまばたきを繰り返す。
「な、なんで……オレはお前の仕事、邪魔して……」
「借りは残しておかない主義でね。実際はどうであれ、あんたオレを助けるつもりだったんだろ? だったらその借りは返さねえと」
「借りって……だから、それはオレの勘違いで……」
 アカギは顎で向かう方向を指し示して、オレがついていくと何一つ疑った様子もなくさっさと歩きだした。
「あ。ちょっと待てよ、おい」
 オレは慌ててアカギの後をついていく。
 アカギは迷う素振りひとつなく、歩を進める。
 不思議なことにあの黒服連中はまだそのあたりにいてもいいはずなのに、すれ違いもしなかった。
 まるでアカギがそうと決めたなら、見つけることなんてけして出来ないとでもいうかのようだった。
(まさか……な)
 再びぞくっとするような感覚を覚えたが、オレの足は魔法にかけられでもしたみたいに、勝手にアカギの後をついて歩いた。
 こいつは、まともな奴じゃない。
 でも、オレを悪いようにはしない。
 何故かそんな確信があった。



「何か、悪いな……結局奢ってもらっちゃって……」
 結局朝からオレたちは一日中飲み続けた。
「いや、オレも楽しかったよ」
 アカギはオレの話を聞きたがった。
 なるほど、武勇伝を語るって言うのは気持ちがいいな。世のおっさんたちが、酒を飲んじゃ管を撒きたがる気持ちがわからないでもない。
 オレはおぼつかない足取りでふらふらと歩きながら、何が楽しいのか自分でもわからないままげらげらと笑いっぱなしだ。
 オレがした話も大概だったが、お前も話せとアカギにねだって吐き出させた話も大概だった。
 世の中にはこんな馬鹿がオレの他にもいたのか。
 ギャンブルなんかに命を賭けて……ま、連戦連勝って言うのがアカギの俺とちょっと違うとこだけど。でも、小さな牌ひとつ、カードの一枚、サイコロのひとつ、銀玉の一個に命を賭けちまうような馬鹿。そしてそれを馬鹿だと知りながら、足を洗えないヤツ。
 親近感とでもいうのだろうか。オレはようやく理解者を見つけられたような気分だった。誰と組んでも、仲間だと思っていても、けしてこれまでは得られなかった共感。
「っとと……」
「大丈夫、カイジさん?」
 足元がふらついて尻餅をついたオレは、振り返ったアカギの顔をぼんやりと見上げた。
 白い髪が月光に照らされて、キラキラと綺麗だった。
 その光景を焼きつけようとするかのように、オレの瞼は勝手にまばたきを繰り返す。
 まるでストロボ。
 月の光と、街灯と、その光を反射するアカギの髪だけが、この闇を照らす光のようで……何故だかオレは泣きたくなった。
 どうしてオレは……オレたちはこんなところに来ちまったんだろうな。どうしてオレたちはこんな風に生まれちまったんだろうな。
 どこで道を間違えずにいれば、普通の幸せってやつを手に入れられたんだろうな。
 アカギはそんなこと少しも考えていやしないのかもしれないけど。
 そしてオレ自身、そんなものを真実望んでいるかの自信は本当はないのだけれど。
 それでも、勝負に体を張るのは普通になるためだと、普通にしがみつかずにはいられないオレと、相手か自分か、どちらかの破滅を求めているアカギ。
 どっちも求めたって得られるわけがない。
 普通は、普通の人間は、そんなもの求めちゃいないんだから。
 砂漠で蜃気楼を求めるようなものだ。
 だからオレたちは永遠に渇いたまま彷徨いつづける。
 果てのない砂漠をあてもなく。
 月の砂漠をはるばると行くラクダのように。
 歌と違うのは、オレたちに対のラクダなどいないってことぐらい。とぼとぼと砂丘を黙って越えて行くしかないのだ。
 その先に何があるかなんて知らないくせに。
 せっかくこうして出逢っても、オレたちは手を取り合って行くことなどできないのだろう。
 目指す先が違うのだから。
 出逢ってしまったせいで、存在を知ってしまったせいで、輪郭がくっきりと際立つ孤独。
 オレたちはたまたまオアシスですれ違っただけのラクダ。
 お互いの孤独を知りながら歩みを止められないラクダ。
 それでもこうして同志がいると知っただけで、肩に食い込む重荷が少し軽くなった気がする。
 お前もきっとそうなんだろう?
 アカギの煙草に火が灯る。
 赤く俺たちを導く光。
 永遠の闇へとオレたちを誘う光。
 オレも取り出した煙草を咥え、火を付ける。
 月の白い光とは違う、赤い火。
 人間の火。
 オレたちはこの火だけを頼りにこの先の闇も歩いていく。
作品名:月光闇討ちデスマッチ 作家名:千夏