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DEFORMER 10 ――オモイシル編

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DEFORMER 10 ――オモイシル編


 士郎は何度も首を振った。
 投影したナイフを握って、供給をしなければ私が消えてしまうからと言って、自身の血で魔力を補給すると……。
(傷ついてほしくはないというのに……)
 私が傷つけてしまう。
 存在するだけで、士郎を傷つけてしまう。
(ならば、もう……)
 契約を解除してくれと言った方がいいのだろうが、その言葉はどうしても出ない。
 それを言えば、すべてが終わってしまう。
 私はこの期に及んでまだ、士郎の傍にいたいと願っている。
 それに、士郎は答えを出すから待ってくれと言った。士郎の望むことを断ることなどできない。全面的に私に非があるのだから、士郎の思う通りにしてくれてかまわない。私は士郎の意思決定に従うだけだ。
 その間の魔力は凛が補填してくれるという。本当にギリギリの量だが、現界はできている。老犬に押し込められたことには今も納得がいかないし、補填というのならもう少し魔力の量を増やしてほしいという不満もあるが……。
(まあ、これだけでも、感謝しなければな……)
 士郎の近くにいられるなら、それでいい。
 傍に寄ることもできず、触れ合うこともできないが、その気配を感じていられるのならさいわいだ。
 庇の向こうの夜空を見上げた。
 深夜、高く昇った丸い月は、庭を青白く照らしている。夏の熱気は少しずつだがおさまりはじめて、夜ともなれば時折涼しい風が吹く。
 微かな衣擦れの音に、皮膚が震えた。
「…………」
 開け放ったままの障子に身を隠して、室内を窺う。
 蚊帳に覆われた寝床の中には、身体を丸めて眠る姿がある。寝返っただけのようだ、起きてはいない。
 ほっとして、視線を引き剥がす。
 士郎は知らない。
 毎夜、私がここで、こうしていることを。
 昼間近くにいられない分、誰もかれもが寝静まった深夜、士郎の部屋の前で過ごしていることを……。
(士郎……)
 熱い息が漏れる。
 触れたくて仕方がない。
 今そこに、なんの垣根もなく、触れることも、貪ることもできる無防備さでいるというのに、部屋に踏み入ることもできない。
 燻り続ける厄介な感情を抱いていても、私がしでかしたことは、そんな暴挙に出る術を奪った。私は、罪人だ。許されざるモノであるのだ。
 自身の感情に突き動かされるような、手前勝手が許される存在ではない。
 握りしめた拳は、あの冷えた手を温めるためにあったはずだ。
 食いしばった歯から漏れる音は、愛しさを言葉にするための手段だったはずだ。
 今ここに存在する自身が、すべて士郎のためにあるというのに、なんら役に立てていない。
「士郎……」
 縁側に腰を下ろし、立てた膝に腕を載せ、冴え冴えとした月を見上げて、その名を呼ぶことしかできない己の不甲斐なさを噛みしめていた。



「アーチャー」
 静かな声に呼ばれて振り返れば、始業式のため、私と同じく休みだったセイバーが臨戦態勢で立っていた。
「少し、いいか」
 有無を言わさない声と態度で、彼女は、まさしく王である、と、まざまざと見せつけてくる。
「かまわんよ」
 今日から九月だというのに、まだまだ夏の盛りの陽射しが降り注ぐ庭へとセイバーは出ていく。仕方なく後に続いた。
「話なら、中でもいいのではな――」
 ブン、と風切り音とともに、目の前を彼女の聖剣が過ぎた。
「なっ……」
 あぶなかった。
 身体を引いていなければ、間違いなく首が飛んでいた。
「フン。今の一閃で消えなかったことを、後悔するぞ!」
 踏み込んだ途端、彼女の平服が武装に取って代わった。セイバーは本気だ。
 こちらも概念武装に切り替え、双剣を投影する。
「なんだ、いきなり!」
「問答無用!」
「っく!」
 私の剣など、彼女の一撃で粉砕される。しかも剣さばきは迅速、投影が間に合うかもギリギリだ。
 必死に投影を繰り返さなければ間に合わない。彼女の勢いでは、その刃に触れてしまえば、かすり傷で済まないとわかりきっている。
 ガギッ、ンッ!
 彼女の剣を受け止めた途端に、鈍い音を立てて、ひび割れていく私の剣では、二撃目を受けきれない。セイバーの剣を受けるとともに、剣が砕ける前にさらに剣を生み出す。
 彼女の聖剣を投影すれば多少はもつのだろうが、本物の剣を、本物の持ち主が扱えば、偽物などひとたまりもない。こちらは、量産でもしなければ、太刀打ちできない。ならば、使い馴染んだ剣になるのは仕方のない話だ。
「あなたはッ、なぜっ、あんなことをッ!」
 剣を薙ぎながら、セイバーは問い詰めてくる。
「それはっ、私とて、」
 彼女の重い剣を受けながら、言い訳を並べ立てているだけとは、情けない限りだ。
「シロウは、崩れる肉に手を伸ばしたのですッ!」
 キィィン――――。
 甲高い音とともに私の剣は砕け散った。
 きらきらと陽光を浴びた剣の欠片は地に落ちる前に消えていく。
「トレース……」
 投影しなければと思うのに、その先が声にならない。
(崩れる肉に……手を……?)
 なぜ、士郎はそんなことを?
「あなたは、シロウを、なんだと思っているのですかッ!」
 投影を、しなければ。
 セイバーの剣が迫っている。剣を生み出して、この身を守って……。
(崩れる……肉に……)
 その様が、目に浮かぶ。呆然とするよりも、愕然とする。そんなことをさせてしまったのは、私なのか、と。
 ずずず、と肉を抉る硬い刃の感触よりも、胸の方が痛かった。
「はっ、アーチャーッ?」
 自分で剣を繰り出しておいて、何を驚いているのか、セイバーは……。
「っ、く……」
「な、なぜ、避けないのですかっ!」
 避ける隙があれば、そうしていた。さいわい脇腹を、まあまあ深くだが抉っただけだ。致命傷にはならない……はずだ。すぐに塞ぐことができるだろうが、立っていられない。
「は……」
 膝をついて、脇腹を押さえる。大量に魔力が失われていくのがわかる。
(少し……、まずいかもしれないな……)
 傷を塞げると思ったが、あれだけ投影を繰り返したのだし、それに、凛から補填される魔力は常に現界すれすれの量だ。元々からして私の魔力の残量が僅かしかない。その上にこんな傷を負っていては、ますます魔力が減っていく。案の定、うまく傷を塞げない。
 だが、そんなことよりも訊かなければならない。
「セイバー……、なぜ、士郎は、肉に……、手など、伸ば、した……?」
「シ、シロウは……、アーチャーだったからと……」
 ああ、やはり胸の方が痛い。
「今の今まで、アーチャーであった証が……、骨の欠片でもいいから欲しかったと、シロウは言いました……」
 つくづく思う。私は後悔しかできない存在なのだと……。
 私に目もくれないからといって、士郎が私を想っていないなどと、どうしてそんなことが言えるのか。自身の想いに疑問を浮かべたのは己のことであって、士郎ではない。
(それを、私は……何を勘違いして……)
 士郎がどんな想いでいたのかなど、考えるまでもない。
 凛は士郎の気持ちを思い知れと言った。
(そうだな……)
 彼女の言ったことは正しい。
 士郎を捨てたのは、私だ。