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DEFORMER 10 ――オモイシル編

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 ぼんやりとした横顔を垣間見て、笑みがこぼれそうになる。
(やっと、触れることができた)
 子供のようにはしゃぎそうな自身が可笑しい。
 我慢できずに、柔らかい髪に口づければ、
「も、やめろよ……」
 弱い制止の声がする。
「いいだろう?」
「映画館だからって、自分で言ったクセに」
 不満げな小声にさえ笑みが深くなる。恨みがましく見上げる琥珀を覗き込みながら、無防備な唇に触れるだけのキスをした。
「ば……っ、か……」
 肩に顔を埋められて、それ以上は何もできず、仕方なくスクリーンへ向き直った。
「アーチャー……我が儘言って、悪い……」
 消え入りそうな声の謝罪に少し驚いた。
「何を、謝ることがある。私は自らの意思でここに、お前の傍にいたいと思っているのだぞ。我が儘などと――」
「英霊を、俺の感情で引き留めることには変わりないだろ」
「あのな…………。使い魔を召喚する魔術師とは、得てして我が儘だ。自身の欲望のために召喚するのだからな。それに比べれば、士郎の我が儘など、可愛いものだ」
「でも、俺――」
「ここで供給をねだろうか?」
「は? え? な、なんっ、」
「これ以上その話を続けるのなら実行に移すぞ」
「ばっ、ばか! なっ……、こ、こんな、とこで、ダメに決まってるだろ!」
「では、その話はここまでだな」
 ぽかんと、私を見上げる士郎に、スクリーンを見ろと促せば、
「あり……がとな、アーチャー」
 小さな感謝の言葉が聞こえた。
「謝罪も感謝も、私のセリフだ。勝手に取るな」
「……素直じゃないな」
 前を見たままの唇からこぼれた声は、少し呆れて笑っていた。

 映画がはじまって一時間もしないうちに、士郎は眠ってしまったらしい。私の肩に頭を預けて寝息を立てている。
(きちんと、眠れていないからな……)
 身体を丸めて眠る士郎の姿を思い出してしまい、胸苦しい。
(士郎……)
 肩を貸すだけではおさまらない。士郎には、映画館で云々と偉そうに言ったというのに、抱きしめたくてしようがない。
「っ……」
 我慢など、数分もったかどうかも判然としない。
 サンダルを脱がせ、横抱きにして士郎を腕の中で眠らせた。
 久しぶりに触れる身体に心音が乱れる。
(私の鼓動だ……)
 他でもない、仮初めだが、これは私の肉体だ。
 誰がなんと言おうと否定できない私の想いだ。
 今さら何を言っているのかと、凛に、また怒られてしまいそうだな……。
「士郎……」
 抱きしめて、その感触に酔いそうになる。
(私だけのものだ)
 ここに存在しているのは、私だけの、士郎だ。そして私も、士郎だけのものだ。
 額にキスを落とし、頬を撫で、抱き込んで、しばらく身動きができなかった。 
 穏やかな眠りを貪る士郎に安堵して、同時に胸が締めつけられる。今までの士郎の気持ちを思うと私は何度謝っても許されない気がする。
 この夏の数か月は、士郎に我慢をさせ続け、百歩どころか千万歩も譲ってもらったと理解している。
「もう、苦しめたりはしない。それから、泣かせたりはしない……」
 一緒にいようと言った約束は必ず守る。
「士郎、ここにいてくれ……」
 ずっと、私の腕の中に。
 それだけは、叶えてほしい。
「士郎……」
 暗い映画館の中。
 ともすれば落ち着かなくなる自身を宥め、士郎を抱きしめ、凛のお膳立てに感謝しながら、これをネタに、またいろいろと我々で遊ぶのだろう、と、そんなことを考えながら、幸福感に満たされていた。


DEFORMER 10 ――オモイシル編 了(2017/8/1)