二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

DEFORMER 10 ――オモイシル編

INDEX|10ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

 さっきの待合室(?)といい、この席といい、映画館っていろいろ進化してるんだな。こんな席があるなんて、知らなかった……。
 二人掛けのソファの前にはオットマンも二つ置いてあって、まるで家にいる時みたいにリラックスして映画を見られる。しかもスクリーンの真ん中の位置だし、映画を見るのには一番いい席だ。
「ご、豪華すぎないか……?」
 薄暗い中、心臓がバカみたいに駆け足を続けるのを誤魔化すように言いながら、恐る恐るソファに腰を下ろす。座り心地も柔すぎず硬すぎずで、いい感じだ。革張りでひんやりとした座面とか背面も心地いい。
 ソファの座り心地に感心していると、きしり、とソファが揺れて、アーチャーも座ったことがわかった。
(ちょ、ちょっ、ちょっと、待ってくれ! 遠坂! なんだって、こんな指定席!)
 半分パニックになっていると、
「飲み物は?」
 映画のパンフレットから目を離さないアーチャーに訊かれる。
「あ、えと……」
 途中でトイレに行きたくなるのは嫌だから、俺は映画の時は飲まないけど……。
「私は必要ないが、お前は?」
「い、いや、お、俺も、特には」
「そうか」
 ああ、しまった。
 ドリンクを買ってくる間だけでもここから出られたかもしれないのに、これじゃ、ずっとここにいないとダメじゃないか……。
「な、なあ、ここってさ、た、高いんじゃ、ないかな……」
「ああ。数万だと、ここに書いてある」
 ぺら、と館内のリーフレットをアーチャーは見せてくれる。
「遠坂……、あとで請求とかしないよな……」
「まさか……、それは、ないと思うが……」
 アーチャーも断定できないみたいだ。覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
「…………っと……」
 何か、話さないとな。
 何がいいかな。今日の晩ご飯どうするか、とか?
 それじゃ、家にいる時と変わんないか。
 近況は、とか?
 おんなじ家にいて、近況も何もないな。
「士郎」
「へ? な、え? うわ!」
「おい……」
 知らず知らずアーチャーと距離をあけようとしていたみたいで、ソファの縁から落っこちた。
「いたた……」
「まったく……」
 立ち上がったアーチャーに腕を引っ張られて起こされ、立たされる。
「何をしているのやら……」
 呆れた声に俯くしかない。
 だって、こんなに近くにいるのは久しぶりで、どんな顔していいかも、何を話していいかも、全然わからないんだ、仕方ないだろ。
 俺の腕を引き、ソファに座らせたアーチャーは、俺の右隣にまた腰を下ろした。
 肩が触れる。
 二人がけのソファだっていうのに、どうして身体が当たるんだ?
 アーチャーが日本人離れした体格だからか?
 だけど、バーサーカーみたいな常軌を逸した身体じゃない。
 なのに、肩が……。
 また、じわじわと身体が逃げようとしてしまう。
「士郎、嫌か?」
「え?」
「私がここにいるのが嫌なら、前の部屋に戻っているが?」
「え?」
「お前は、ゆっくり映画を楽しめばいい」
 腰を上げようとするアーチャーの腕を掴む。
「ち、違う、そうじゃ、……ない、嫌じゃ、ない、から……」
 俺は何をしてるんだろうか、アーチャーに気遣わせて……。
 アーチャーが気を遣ってくれてるって、わかってたのに……。
 いつも、俺を気にかけながら触れてこないって、どうしてだろうって、ずっと腑に落ちないと思いながら、触ってこい、なんて言えるわけもなくて、微妙な距離感を俺はアーチャーとの間に敷いていた。俺はアーチャーに触れたいのに、アーチャーはそうじゃないんじゃないかって、自信がなくて、踏み出せなくて……。
 全然、勇気が出ない。だけど、逃げるのは卑怯だ。
 俺はきちんとこの気持ちをアーチャーに伝えなければいけない。それが、アーチャーを引き留めた俺の義務だ。アーチャーが俺に触れたいと思うのも、思わないのも、そんなのは関係がなかったんだ。これは、俺の想いなんだから。
 結果なんてどうなろうと関係ない。俺は俺の想いを、きちんとアーチャーに知ってもらう、それだけだ。
(映画が終わったら、ちゃんと言おう)
 やっと俺は、踏ん切りをつけた。どっかとソファに背を預け、もう逃げないと態度で示す。こんなことで何かが変わるわけじゃないと思うけど、アーチャーからは逃げないってことを今は伝えたい。
 薄暗かった館内が、さらに暗くなっていく。暗闇で右肩に触れる熱に意識が集中してしまう。
 近日公開作品の映像が流れはじめて、普段なら聞かないような身体に響く音と映像に慣れた頃、するり、と、ソファについた俺の右手の下に温かいものが入り込んだ。
 アーチャーの手?
 俺の……手を……?
「逃げるための……」
「え……?」
 俺の右手を握った、その手の熱さに鼓動が速度を増していく。
 振り向けない。
 アーチャーの方を見ることができない。
「最後のチャンスを、与えてやったものを……」
 硬直した俺に低い声がかかり、ますます俺は動けない。
 耳に吹き込むように囁かれた言葉を理解する前に、アーチャーの手に顎を取られる。あっさりとアーチャーの方へ顔を向けられてしまった。
「な、にして、」
「もう、逃げないのだろう?」
 吐息が唇を掠めるだけで、暗い館内では間近の表情すら見えない。だけど、スクリーンに反射した明るさが鈍色の瞳を輝かせて、俺はもう、動ける気がしなかった。
「士郎、供給を、してくれないか……」
 唇が微かに触れながら、アーチャーの熱い吐息が低い声とともに漏れる。
「ぁ……の……」
「もう、ギリギリだ」
 身体が熱い。
 握られた手も、頬を滑る指も、触れそうで触れない唇も、アーチャーがここに存在していることを、俺が引き留めたことを、俺が望んだことを、俺が欲しくて堪らないことを、ありありと証明されている。
 鈍色の瞳が熱を溜めこんでいる。
(ああ、俺は……)
 ずっとこの瞳が欲しかった。
 俺を貪欲に欲しがるアーチャーの瞳が……。
 右手はしっかりと握られて、頬を指の腹で撫でられて、吐息が絡むほど間近で見つめられて、まるで焦らされているみたいで、身体の奥底がうずうずとして落ち着かない。
 捕食される獲物のごとく、アーチャーの手管に落ちていく気がする。
「アーチャー……」
「なんだ? 今さら逃がすわけに――」
「好き」
 ずっと言えなかった言葉をやっとこぼすことができて、なんだか重く胸に圧し掛かっていたものが、どこかに転がっていった。



***

 啄むような軽いキスを繰り返し、士郎を煽る。少し引けば追ってくるようになるまで、さほどの時はかからなかった。
「ン……」
 歯列をなぞり、舌を絡め、魔力を含む唾液を啜り、士郎の口腔を思う存分貪る。
「っぁ、ちゃ、」
 軽い酸欠になったように士郎は息を乱し、私に縋りついてきた。私のシャツを握りしめて、見上げてくる表情は、ここがどこかも忘れてしまっているように見える。
「ここまでにしよう。映画館でこれ以上はだめだ」
「ん……」
 とろり、と蕩けた顔で士郎は素直に頷く。まだ、どうにか理性は保っているようだ。
 ちょうど映画がはじまり、手を握り合ったまま、寄り添ったまま、スクリーンへと向き直る。