終わらない夕暮れに
「お祭の日の夕暮れ時に、かくれんぼをしてはいけないよ」
これは、ぼくの住む島で起こった『ある事件』によってつくられた規則、だった。
ぼくたちの住む島…夕凪島は、東京から数百キロ南に浮かぶ離島。本土からの直行便はなく、フェリーと高速船を乗り継いで丸一日かけて向かう秘境だ。
ここでは、一年に一度、島をあげて行う祭りがある。
……11年前のお祭りの日だった。
ぼくたちはみんなでかくれんぼをしていた。ほとんどの友達はすぐにみつかったけど……ひとりだけ……いつまで経ってもみつからなかった。
次の日も、その次の日も、彼……イヅルはみつからず。それからしばらくして、島の規則がまたひとつ、加えられた。
「お祭の日の夕暮れ時に、かくれんぼをしてはいけないよ」
それから10年経った、去年のお祭の日。僕は真実を知った。
イヅルがいなくなったあの日、何があったのか。
イヅルを助けるためには、どうすればいいのか。
イヅルのために僕にできる事は、一体何なのか。
考えて。
必死に考えて。
そして選んだ方法を、僕は後悔していない。
今、この島にはお祭りの日のかくれんぼを禁じる規則はない。
イヅルはずっと、ぼくたちと一緒にいる。
ぼくたちと一緒に遊んで、勉強して、笑って、怒って……
あの時のぼくたちが望んだように、同じ時間を過ごして、高校を卒業した。
だから、ぼくは後悔していない。
だけど……
「……ったとしても……
……はずっと、そばにいる……
シュウヤ……
……ありがとう」
「――――っ!!」
その人の名を叫んで目を開いた。
天井に向けて伸ばした手には何も掴めてはいなくて……ぼくは大きく息を吐きながら呟いた。
「……夢か」
よりによって今日、『彼』の夢を見るなんて……
今日は、彼がいなくなったのと同じお祭の日……
あれから1年が経ち、あの日以来姿を見ることのなくなった彼が、夕焼けの中満足げに微笑んでいる。
でもその瞳の奥の奥には、彼の言葉と態度とは逆の感情が見え隠れしているような……
そんな感覚にとらわれて、心臓がぎゅぅっと苦しくなった。
この島では、『夕凪さま』という守り神が信じられていて、島に害をなすようなことをすれば祟りがあるとされてた。
そのためこの島の子供たちは小さい頃からこう言われて育つ。
「悪いことをすると……夕凪さまに連れていかれちゃうよ」
……あの日姿を消した彼は夕凪さまに連れていかれたのだろうか。
ならば彼は一体どんな悪いことをしたというのか。
あれから1年経った今も、僕にはまだわからない。
「……」
もう一つ息を吐いてベッドから起き上がった。時計を見ればすでに昼近い。
窓を開ければ、冷たい空気がお囃子の音と共に香ばしい匂いを部屋に運ぶ。
食欲をそそる匂いに従順な腹の虫がぐぅと小さな音を立てた。
誰も聞いてはいないけれど、なんとなく気恥ずかしくて頭をかく。
まずは屋台で夕凪海鮮焼きそばを買ってこよう。
今日しか食べられない限定メニューだからって、きっと父さんも楽しみにしてる。
それから村を見てまわるんだ。
だって今日は……
ぼくはもう一度、窓の外に目を向けた。
薄い水色に白い雲がひとつ、ふたつ。
数時間後に起こる奇跡の現象のために用意されたような快晴だ。
これなら今日の夕焼けは、きっと一際綺麗に見えるだろう。
そう。
今日は、まがとき祭の日。
『終わらない夕暮れ』の日。
祭の日に何かが起こる。
1年前も11年前もそうだった。
だから……
今日、祭の日には何かが起きる。
それは確信に近い予感。
ぼくは、その何かに期待している自分を……
抑えることができずにいた。
終わらない夕暮れに消えた君
〜Another Episode 1:終わらない夕暮れに来たる君〜
これは、ぼくの住む島で起こった『ある事件』によってつくられた規則、だった。
ぼくたちの住む島…夕凪島は、東京から数百キロ南に浮かぶ離島。本土からの直行便はなく、フェリーと高速船を乗り継いで丸一日かけて向かう秘境だ。
ここでは、一年に一度、島をあげて行う祭りがある。
……11年前のお祭りの日だった。
ぼくたちはみんなでかくれんぼをしていた。ほとんどの友達はすぐにみつかったけど……ひとりだけ……いつまで経ってもみつからなかった。
次の日も、その次の日も、彼……イヅルはみつからず。それからしばらくして、島の規則がまたひとつ、加えられた。
「お祭の日の夕暮れ時に、かくれんぼをしてはいけないよ」
それから10年経った、去年のお祭の日。僕は真実を知った。
イヅルがいなくなったあの日、何があったのか。
イヅルを助けるためには、どうすればいいのか。
イヅルのために僕にできる事は、一体何なのか。
考えて。
必死に考えて。
そして選んだ方法を、僕は後悔していない。
今、この島にはお祭りの日のかくれんぼを禁じる規則はない。
イヅルはずっと、ぼくたちと一緒にいる。
ぼくたちと一緒に遊んで、勉強して、笑って、怒って……
あの時のぼくたちが望んだように、同じ時間を過ごして、高校を卒業した。
だから、ぼくは後悔していない。
だけど……
「……ったとしても……
……はずっと、そばにいる……
シュウヤ……
……ありがとう」
「――――っ!!」
その人の名を叫んで目を開いた。
天井に向けて伸ばした手には何も掴めてはいなくて……ぼくは大きく息を吐きながら呟いた。
「……夢か」
よりによって今日、『彼』の夢を見るなんて……
今日は、彼がいなくなったのと同じお祭の日……
あれから1年が経ち、あの日以来姿を見ることのなくなった彼が、夕焼けの中満足げに微笑んでいる。
でもその瞳の奥の奥には、彼の言葉と態度とは逆の感情が見え隠れしているような……
そんな感覚にとらわれて、心臓がぎゅぅっと苦しくなった。
この島では、『夕凪さま』という守り神が信じられていて、島に害をなすようなことをすれば祟りがあるとされてた。
そのためこの島の子供たちは小さい頃からこう言われて育つ。
「悪いことをすると……夕凪さまに連れていかれちゃうよ」
……あの日姿を消した彼は夕凪さまに連れていかれたのだろうか。
ならば彼は一体どんな悪いことをしたというのか。
あれから1年経った今も、僕にはまだわからない。
「……」
もう一つ息を吐いてベッドから起き上がった。時計を見ればすでに昼近い。
窓を開ければ、冷たい空気がお囃子の音と共に香ばしい匂いを部屋に運ぶ。
食欲をそそる匂いに従順な腹の虫がぐぅと小さな音を立てた。
誰も聞いてはいないけれど、なんとなく気恥ずかしくて頭をかく。
まずは屋台で夕凪海鮮焼きそばを買ってこよう。
今日しか食べられない限定メニューだからって、きっと父さんも楽しみにしてる。
それから村を見てまわるんだ。
だって今日は……
ぼくはもう一度、窓の外に目を向けた。
薄い水色に白い雲がひとつ、ふたつ。
数時間後に起こる奇跡の現象のために用意されたような快晴だ。
これなら今日の夕焼けは、きっと一際綺麗に見えるだろう。
そう。
今日は、まがとき祭の日。
『終わらない夕暮れ』の日。
祭の日に何かが起こる。
1年前も11年前もそうだった。
だから……
今日、祭の日には何かが起きる。
それは確信に近い予感。
ぼくは、その何かに期待している自分を……
抑えることができずにいた。
終わらない夕暮れに消えた君
〜Another Episode 1:終わらない夕暮れに来たる君〜