雋娘と童路
もう、童路と会う事はない、、、。
何なのかしら、私の心にある、この気持ち、、、。
童路との関わりを断ちたくない。
また、あの日々の様に、童路の身の上を聞いたり、その日の野菜を買ってくれた客の話や、、、、、、、。
、、、、、、ひとりでに涙が溢れ、止まらない。
何の取り柄もない、冴えない男だと思っていた。
私が好きになる男ではない。
今まで、出会った男は皆、自分のことばかり。
私が男のモノになり、男が満足するだけ。
私など、ただの行きずりの女に過ぎないのだもの、、、。
口先だけ、将来を約束して、、、、、約束など守る気も無いくせに。
師匠は、元来男とはそういうものだ、と。
期待など何故するのか、と、、、青臭い、男など価値はない、利用して喰らっておやり、と、教えられたわ。
私は師匠から、密偵として、色香の技をとことん仕込まれた。
仕込まれるうちに、希望も、期待も、人を慕う気持ちも、全て封印をしたのよ。
、、、、私が、傷つかぬように、、、、。
私は、、童路が好きなの??。
童路は真心をくれたのよ。
他の男の様に、身体で見返りを求めたりはしなかった。
ただ、私の体の調子が良いのか嬉しかったのよ。私に良いことがあると、自分の事のように嬉しかったのよ。
、、私の体と心を一番に考えて、たた、共に居れる事を喜んでいた。
──────今頃、自分の気持ちに気が付いた、愚かな私。────
──────どうしたらいいの、、、、、──────
涙も嗚咽も止まらない、、、、誉王府の誰かに泣いてるのが見つかれば、怪訝に思われてしまうわ。
でも、泣きたい!!
もっと早くにこの気持ちに気付いていれば、、もっとやりようがあった。
──────もう、遅い、、、、何もかも、、遅いわや。─────
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
必ず、童路を逃がしてみせる。
脱出の用意は整った。
機会は、誉王が都を出る、今夜、、今、この時しかないわ。
あの童路の捕えられている小屋、まだ見張りの兵は居る。
童路は生かされているのね。
見張りの兵に、飛剣を投げて倒す。
そして小屋の扉を開けると、童路はまだぼんやりとどこかを見ていた。
童路は、人が小屋に入った気配に気付き、虚ろに私の方を見て、「何か用か」とでも言うような、冷たい視線を向ける。
私が全てを説明して、分かってもらう時間は無いわ。
間もなく誉王府の兵が、私達の異変に気付くでしょう。
ここからは時間との勝負だわ。
童路の枷を外しながら、
「誉王が謀反を起こそうとしている。」
それだけ言った。
この情報を仲間に伝えれば、童路は仲間に受け入れられるわ。
童路は、私が何をしようとしているか、瞬時に理解した。
共に小屋を出る。
良かった。
童路は歩ける様だわ、これならば、ここから逃げ切れる。
なるべく最短で出られるように、進路を選んだつもりだったけど、もう、ここの兵士が探し回っている。
迂回するしかない。
私は、途中、幾人かの王府の兵士を飛剣で倒し、進んで行った。
いつの間にか童路の手には、剣が握られていた。
童路も、今は脱出する事に神経を尖らせている。私と童路の心が一つになった瞬間だわ。
ようやく、北門にたどり着いた。
幾らか門の扉を開け、童路は私の手を取り、共に門をくぐろうとする。
だめよ、私にはすることがある。
「行こう、雋娘!」
「雋娘!」
王府の兵士の対応は早い、次の兵士がもうここに向かってきたのが分かった。
童路が兵士に気を取られている隙に、私は童路を門の外へと突き飛ばしたわ。
そして私は扉を閉める。
転んだ童路が、閉まる扉の隙間から見える。
驚いているわ。
急いで扉を閉めたけど、長い長い時が流れたようだわ。
童路の顔を隙間がなくなるまで、ずっと見ていた。
私は急いで門のカンヌキをかける。
そしてこのカンヌキには鍵があるの。
鍵は私の手の中にある。
鍵を掛けて、鍵は門の外に投げ捨てたわ。
まだ童路は扉を叩いている。
「童路、行って!!」
私の名を呼ぶ、童路。
この屋敷には、他に南の正門と東門がある。
門の造りは、皆、一緒だわ。
東門も、童路を小屋から出す前に、カンヌキに鍵を掛け、鍵は捨てた。
残るは遠い北門のみよ。
南門から兵士がここへ来るその頃には、童路はこの北門の外にはいないわ。
兵士がここへ来る。
幾人かは、私でも倒せる。
「雋娘!!」
「雋娘!!!!」
私の名を呼ぶ童路。
その名を、あなたが呼んでくれて嬉しいわ。
四姐は師匠に付けられた名前。
両親からは雋と名付けられた。般弱ですらこの事は知らないわ。
この最後になると思っていた仕事と一緒に、滑族も私の出生も全てを捨てて、終わりにしようと思ったの。
そして、生き直そうと思った。
だから、あなたには捨てるつもりの雋を名乗ったの。
でも、あなたにこの名を呼ばれて良かった。
あなたが私の名を呼ぶ声を、忘れない。ずっと覚えているわ。
私がまだ小さい頃、母が生きていた。
母は自分が、滑族の女であることを誇りにしていたわ。
母の記憶はいくらも無いけれど、
「滑族の女はね、情が深いのよ」そう言っていた。
今なら、私も母の言った、言葉の意味ががよく分かる。
その滑族の女の血が、私に流れているのを感じるわ。
私はさっき、あなたに笑顔を見せられた?
私の名を呼ぶ、あなたの声を頼りに、
私は来世であなたを探すわ、、、。
童路、、、
、、、生きて、、、、、、。
──────────糸冬───────────