君を想う
『君を想う』
〜「You can change your destiny.」番外編〜
「…なぁ、アムロ」
「ん?何ですか?カイさん」
取材を終えたカイは、アムロと一緒にコーヒーを片手にテラスで寛いでいた。
セイラとシャアは、何やら両親の遺産の件で話があると、別室に移動して話し込んでいる。
「お前…、後悔してないのか?」
「後悔?」
「ベルトーチカと…あの子の事だ。」
カイの言葉にアムロはビクリと肩を震わす。
「…そりゃ…、全くしていないかと聞かれたら…Noです。」
アムロはコーヒーカップを両手で握り、小さく息を吐く。
「始め…ベルから『子供が欲しい』って言われた時は…正直迷いました。ベルの事は好きだったけど…、俺の心の中にはずっとあの人がいたから…。カイさんにはバレてましたよね?」
「…まぁな」
カイがバツが悪そうに答える。
「あの人を想いながら…ベルに甘えて…結婚する気も無いのにズルズルと付き合っていました…。」
「まぁ、彼女も大概強引だったからな。お前じゃなくても引き摺られるさ。」
「ははは、そうかもしれません。」
「大体、彼女はお前の気持ちに気付いてただろう?カラバでやたらとシャアに突っ掛かっていたからな。」
「そうでしたっけ?」
「お前、気付いてなかったのか?ありゃ絶対お前を奪われない様にシャアを牽制しての行動だったぞ!」
「はぁ…?」
いまいち分かっていないアムロにカイが大きく溜め息を吐く。
「まぁいい。それで?何で子ども作るのを了承したんだ?」
「ベルには…俺の気持ちを正直に話したんです。で、それでもどうしても子どもが欲しいと言うならば、俺とは別れて、誰か他に良い人を探して欲しいって言いました。」
「まぁ、誠実と言えば誠実だが、長く付き合った相手に対しては勝手な物言いだな。」
「そう思います。でも…、それでも…どうしてもあの人以上にベルの事を想う事が出来なかったから…」
アムロが悲しげに微笑みながら目を伏せる。
それに、カイも大きく溜め息を吐く。
「で、ベルトーチカの回答は?」
「『俺の愛は我慢するから“俺との”子どもが欲しい』でした。結婚もしなくて良いし、シャアの元に行っても良い。だけど、どうしても俺との子どもが欲しいって…。」
その回答にカイが唖然とする。
「何て言うか…男には解らん心理だな。」
「そうですね。俺も正直、どう答えて良いかわかりませんでした。」
「まぁ、子どもがいればお前を引き留められるかもしれないっていう想いもあっただろうが…。」
「ええ、多分…。もし、シャアが何も事を起こさなければ…そのまま親子として暮らしていたかもしれないですからね。」
アムロがクスリと笑う。
「ばーか。何も起こさなくてもお前はあいつを探し出して捕まえてたよ。」
「ははは…、そうかも。でも、両親にも見捨てられた俺が親になれるなんて思ってもいなかったから…あの子が生まれた時は…嬉しくて…涙が止まりませんでした。」
「結局、優柔不断なお前は根負けして了承しちゃった訳だな。」
カイは大きく溜め息を吐いて横目でアムロを見る。
そんなカイにアムロはバツが悪そうに頬をポリポリ掻きながら頷く。
「…はい」
「やっぱり子どもっていうのは可愛いもんか?」
「そりゃもう!自分でもびっくりするくらい!」
「へぇ…」
「…でも俺は…あの人をとった。どうしてもこの気持ちは抑えられなかった…。結局俺は、あの子に対して、俺の両親と同じ事をしたんですよ。」
アムロが辛そうに唇を噛みしめる。
「誰よりその辛さを知ってる癖に…俺はあの子を捨てた…。そんな俺があの子に会う資格なんてない。」
「アムロ…」
「でも、そう思った時…、思い出したんです。戦後、プロバガンダとして連邦に引き摺り回されてた時…俺の所在は分かっていただろうに、結局、一切連絡を寄越さなかった母の事を…。きっと母もこんな想いだったのかと…。」
「お前は会いたかったか?」
「……正直…俺の方があの人を見捨てたんだって意地になっていました…、でも…心の底では…会いたかった…。会って…抱き締めて欲しかった…。」
アムロの瞳に涙が浮かぶ。
「だから…グラナダで偶然あの子に会った時…俺が作ったハロを大事にしてくれてたあの子の声を聞いた時…俺が父親だって言って抱き締めたかった…。」
コーヒーカップを持つアムロの手が震える。
「でも…、父親は戦争で死んだんだって…、新しいお父さんが出来るんだって嬉しそうに話すあの子の言葉に…今にも出そうだった言葉を飲み込みました。」
「アムロ…」
カイはカタカタと震えるアムロの手からコーヒーカップを受け取ると、テーブルの上に置き、アムロを抱き締める。
「カイさん!?」
「誰も見てないから…こうして隠しててやるから…泣けよ。どうせお前の事だから、あいつが心を痛めるかもとかって気い遣って言ってないんだろ?だから今のうちに吐き出しちまえ。」
「カイさん…」
アムロは自分を抱き締めるカイの腕に縋り付く。
そして、少し戸惑いを見せつつも…、肩を震わせ涙を流した。あの子の名前を呼びながら…。
しばらく泣いた後…、アムロはゆっくりと顔を上げる。
「カイさん…ありがとう…。昔(1年戦争の時)も今も、カイさんには助けて貰ってばっかりだ…」
「昔?」
「ええ、ア・バオア・クーでの作戦前のブリーフィングで…あまりにも無謀な作戦なのに、ニュータイプの勘だとか言って俺が作戦は成功するって嘘をついた時…エレベーターで俺の嘘を一緒に背負ってくれたでしょ?正直、安心させる為とはいえ、死地へ赴かせる作戦に皆んなを騙して行かせる事に…罪悪感を感じていました。それを一緒に背負ってくれて、心が随分楽になったんです。」
「はは、そんな事もあったな。まぁ、一応俺は先輩だからな。16歳のガキ一人に背負わせられないだろ。」
「ふふ、ありがとうございます。でも、ハイスクールの時は色んなイタズラにも付き合わされてチョット困りましたけどね。」
「あれは引きこもりのお前を引っ張り出したくってよ!」
「だからって軍の施設に忍び込むのはマズイでしょ」
「ガキだったんだよ!」
「ははは、そうですね。迷惑だったけど…チョットワクワクしたな。」
「だろ?」
そうして二人で笑い合った後、少しの沈黙が降りる。
「なぁ、アムロ。お前、本当にここでやっていけるか?」
「カイさん…」
「なんだ…その、もしもしんどくなったら…いつでも連絡しろ。すぐに迎えに来てやる。」
「え…。あ…はい。って、なんかそれ、お嫁に行く娘に父親が言うセリフじゃないですか!?」
「ば、馬鹿野郎!茶化すな!俺は真剣に言ってるんだ。」
「は、はい!」
顔を真っ赤にして叫ぶカイに、思わず返事をしてしまう。
「それから…お前が望むなら時々あの子の事を調べて報告してやる。」
「カイさん…。」
カイの不器用な優しさにアムロの心が暖かくなる。
「はい…、それじゃ…お言葉に甘えます…。」
「おう!任せとけ!」
そんな二人のやりとりを、シャアは別室でこっそりとイヤホンに耳を傾けて聞き入る。
「兄さん…。アムロが心配なのは分かりますが、盗み聞きはどうかと思うわよ。」
「それに、一体いつの間に盗聴器を仕掛けたの?」