宇海零は好奇心が強い
囲んでいた側の少年たちはげらげらと下卑た笑い声を上げる。
「俺らさぁ、お友達と遊んでるわけ。なんか文句あるう?」
語尾を上げたいかにもいやらしい調子で少年たちは宇海に絡んできた。
「本当に友達と遊んでいるというなら、文句なんてないさ」
囲まれていた少年に目を向ければ、怖気づいてしまったのか自分の鞄を抱えて、泣きそうな顔をしていた。できれば自力で逃げ出してほしかったが、どうもそれは望めそうもない。
最悪、殴られるかと覚悟を決めていると、その宇海の肩を誰かが叩いた。
「意外に喧嘩っ早いんだね、この間も少し残しておけばよかったかい?」
「げ」
宇海の肩を叩いた人物を見て、気弱げな少年を囲んでいた面々がうめくような声を上げた。
宇海の肩を叩いたのは白髪の青年だった。
「おたくらも運動不足かい? そんなに元気が有り余ってるならさ、ま、また俺の相手でもしてよ」
咥えていた煙草をぷっと吹き出し、青年はにたりと笑ってみせる。
「て、てめえ!」
かっとなったカツアゲ集団たちは前回と同じように瞬く間に地に沈められてうめくことになり、乱闘の隙に今日囲まれていた少年は逃げてしまった。
「……礼ぐらい言えばいいのに」
零がぽつりとつぶやくと、白髪の少年は快活な笑い声を上げた。
「それは難しいだろうな」
納得がいかなくて零は唇を歪める。
「でも助けてもらっておいて……」
「何、俺は助けてやりたくて喧嘩しかけたわけじゃないさ」
クックック、と喉を震わせて、折れ曲がった煙草を口にくわえる。
そういえば、この青年は幾つなんだろう、と宇海は白髪の青年を見つめた。
「ん? あんたもいる?」
青年は宇海の視線を何と勘違いしたものか、青い煙草の箱を振り、宇海に向かって差し出す。
「いや、いい。遠慮しておく。見ての通り俺は未成年だから」
手を上げて丁重に宇海が断ると、青年は「そう」と気分を害した様子もなく、ポケットに煙草を戻した。
「喜んで喧嘩に手を出す人間なんざ、普通の人間だったらこいつらと同じぐらい関わりたくないものなんじゃない?」
たいした感慨もなさそうに、白髪の青年はうめいている青年の一人の頭を踏みつけ、煙を吐いた。
「……それなら、俺は普通じゃないのかもしれないな」
頭を掻きながら、宇海は白髪の青年を見上げた。
「もう一度あんたに逢いたかった。やっぱりちゃんと礼は言うべきだと思ったし……それに」
宇海は白髪の青年に向かって手を伸ばす。
「あんたと友達になりたいと思ったんだ」
白髪の青年は少し驚いた顔で眉を跳ね上げた。
「へぇ」
そして、宇海の手を握る。
「そいつは酔狂なこった」
握られた手をしっかりと握り返し、宇海は青年に笑いかけた。
「俺は、宇海零。名前を聞いていいかい?」
「俺は……」
生まれてこの方、こんなに面白そうな人間にあったことはない。このまま別れたら絶対に後悔する。宇海にはそんな確信があった。
――宇海零は、好奇心が強い。
作品名:宇海零は好奇心が強い 作家名:千夏