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三百六十度の真実と愛

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「……で、どうだったよ?」

 意見を求められて、カイジは閉口した。
 正直なところ、そのショーの芸術性だとかそういったものは、カイジには皆目見当がつかない。むしろ、ショーなどではなく食事の内容で勝負したらどうだ、曲りなりにもレストランなんだから。と、思うのは単純に興味の問題だろうか。
「……どうもこうも、趣味わりいな、としか。飯はもっと落ち着いて喰いたい」
 ぼそぼそとカイジが答えると「はぁ~」と溜息を吐いて和也は頭を抱えた。
「オレもさ、今日のはないわー、と思ったんだよね。だからって、俺のセンスについてこられるような客もそうそういないしさ。もっと、こう、庶民目線ていうの? そういうのがオレに欠けてるところだと思うんだよな。だからさぁ、できればカイジにアドバイス貰いたいわけ」
「あ、アドバイス?」
 謙遜なんだか、うぬぼれなんだか、よくわからない言葉を吐きながら、和也が身を乗り出す。たとえ半ば無理やり拉致られるように連れてこられたのだとしても、一応友人付き合いをしている相手に頼られれば、何とか応えてやりたくなるのが人情で、カイジは腕を組んで考え込んだ。
「……うーん、今日のショーはなー……そうだな、リアリティがなかったよ。いかにも演技って感じ」
 うんうん、と我が意を得たりとばかりに和也が頷く。そのあたりに関してはまるごと同意らしい。しかし、問題の本質はそこではない。カイジはこれを言うべきか迷って、だが言わなければ何も変わらないだろう、と自分の意見を口にした。
「そもそもさ、性欲と食欲両立させるのって、無理があるんじゃないか?」
 和也は「そっかぁ」と難しい顔になって考え込む。
「でもさぁ、欲って刺激だろ? 昔っから、女体盛なんて言うのもあるし、こう、刺激的な部分がないと客を呼び込めないんじゃ……」
「アホか」
 カイジは和也の反論を一刀両断した。
「睡眠だって人類の三大欲求の一つだろ? 寝るときに刺激なんか求めるか? そりゃ、美味いっていうのも刺激の一つかもしれないけど、寝ながら物は食えないし、寝ながらセックスはできないだろ。なのに、なんで物喰いながら性欲が満たせると思うんだよ。どっちも気もそぞろになるだけじゃねえか」
 カイジのご高説を聞いて「なるほどねえ」と頷く和也はやたらに素直だった。
 見せられたのは、いわゆる本番白黒ショーという奴だった。
 何人かの男女のダンサーが出てきて、踊りながら合間合間に交合を見世物にするというか、交合の間に踊るというか、そのようなものだ。
 それなりに高級そうなレストランで行われているために、キラキラしい演出が付加されていたが、やっていたことと言えば、とどのつまり男女の絡みを見せつけられるだけ。いくら見目麗しい美男美女が行おうと、都内の会員制レストランで行われようと、本質的なところは場末の温泉街で行われるできそこないのストリップとさほど変わりない。
 以前同レストランで行われていた残酷なショーに比べればかなりマシなのではあろうが、カイジにとっては食事をしている時に見たいものではなかった。
 否応なく聞こえてくる嬌声に、興味は惹かれないでもなかったが、どこに視線を向ければいいかわからなかったし、食事をしながら、しかも和也という知己の前でなど、興奮したくない。
 おそるおそる視線を向けた時にたまたま接合部が目に入ってしまった時など、興奮するというよりはグロテスクだな、とげんなりした。
 食事中に目にするものとしては汚らしくさえ感じた。
 それに気になったのは、このショーをプロデュースしているはずの和也自身、気乗りがしていない様子だったことだ。自慢の美味い肉にも、あまり箸が進んでいなかった。
「リアリティがないってさ、その通りだよな。セックスなんてショーにしてもいまいちっていうか、拷問ショーには少なくとも血が流れるという真実があったけど」
「よせ、よせ、やめろっ……! もう制裁と何とかそういうのはなしって、約束したじゃねえか」
 カイジはぎょっとして和也を制止した。たとえ目の前で行われていなくても、誰かの血が流れるようなショーなんてさせたくはない。
「あぁ、まぁ、意味のないのは、ね」
 さりげなく、カイジとの約束には限定があることを強調し、和也はゆっくりとグラスに入ったワインを揺らした。ワインの色は血のような赤。実際はどんな色だかわからないが、タンニンの効いた渋く重いワインは、暗く照明の落とされたこの部屋では、本当に血のようにどす黒く見えた。
「けど、拷問とかはなし、ってなったらエロい方面にシフトするしかないよな。……うーん、オレ、あんまりエロいの好きじゃないんだ。客から要望があったからそういうショーは今までも少しは取り入れてたけど」
 エロいのは好きじゃない、という和也の告白に、カイジは目をぱちくりさせた。
 道理でショーに対し、和也があまり熱の入っていない様子だったわけだ、と納得する半面、おいおい、まだ十代のくせに何枯れたことを言っていやがる、という思いもあって、カイジは腕を組むと、あーあー、うーむ、と唸り声を上げた。
 そう、和也はまだ十代。本来ならそういう肉体言語的な行為に最も興味のある時期のはずだ。だが、和也は兵藤の血を継ぐものである。性癖が最初からあらぬ方向に歪んでいたとしても、不思議はない。
「好きじゃないことなら、無理に取り入れなくてもいいんじゃないか……? いっそ、このレストラン自体閉めるとか」
 度を超えたサディスティックな性癖ならば、ある程度は矯正されてしかるべきだよな、と、カイジがちらりと上目使いに見上げると、和也は苦笑して見せる。
「あんた、ガキかよ。一回やり始めちゃった以上、軌道は修正するにしろ、気に食わないからはいやめました、じゃ通らないのが経営ってもんだろ」
 カイジにしてみれば和也の個人的な性癖の話かと思いきや、扱くまっとうにレストラン経営の方向からの反論が来た。そんな諭し方をされてはどちらが年上なのかわからない。
「一応収益は上がってるんだよ。経営は相変わらず順調、となれば雇用の問題とかもあるしな」
 溜息を吐く和也の姿はいっぱしの経営者だった。とてもではないが、かつて万年フリーターで現状はニート兼ギャンブラーのカイジなど及ぶべくもない。
「……なら、なんでオレなんかに意見を求めるんだよ」
 意気消沈してしまい卑屈に背を丸めるカイジに、和也は「愚痴よ、愚痴」と軽く答えた。
「……愚痴、ねえ」
 すっかり拗ねてしまったカイジはそっぽを向いて、ぐびぐびとワインを口に運んでいる。あまり口には合っていないようだが、ボトルがテーブルにあるのに別のモノを飲むという発想もないのだろう。カイジはそんなところが貧乏性だ。
 このレストランのショーで拷問等がなくなったのは、カイジの意見によるものだ。オレはそういうのは好きじゃない、の一言で、なんのかのと文句を言いながらも、和也は以降の予定を白紙にし、新たなショーを組み直した。
 それが今行われている白黒ショーだ。
 あの奇跡の夜が決着を迎え、カイジと和也の間には奇妙な連帯感が生まれていた。
作品名:三百六十度の真実と愛 作家名:千夏