月光2
自分がずっと想い続けていたのはシャアなんだと…。
コンコンと、アムロはシャアの部屋の扉をノックする。
「シャア?入るぞ。」
しかし、部屋を見渡してもシャアの姿が見えない。
そして、ふとカーテンがはためいているのを見つける。
「バルコニーか?」
シャアを探してバルコニーを覗き込むと、シャアがバルコニーにもたれて夜空を見つめていた。
今夜の空は雲がかかり、月を覆い隠していた。
「此処にいたのか。」
「ミス.ベルトーチカとは話がついたのか?」
「…うん。オレの気持ちは話したよ。」
「納得したのか?」
「…いや…。でも、直ぐには無理かもしれないけど…彼女なら分かってくれるよ。ちょっと気が強いけど、本当に素直で良い子なんだ。」
「…ちょっと?」
「あ、いや大分…。とにかく、しばらく滞在する事になったからよろしく頼むよ。」
「彼女…アメリカにいた頃の恋人だろう?」
「あ…えっと…」
アムロはバツが悪そうに目を逸らす。
「別に隠さなくてもいい。私は君がアメリカにいた十年間一度も会っていないのだから…その間に君に恋人がいても不思議じゃない」
十年前…アムロはシャアへの気持ちを自覚したものの、男である自分がシャアにこんな想いを抱くのは間違っていると、悩みぬいた結果、一度もシャアに会う事が出来なかった。
そんな自分をベルの強引で、でも明るい性格と笑顔が救ってくれた。結局、この身体になって、シャアへの想いを断ち切れずに彼女に別れを告げたが…。
そう思うと、自分は彼女に対してなんて身勝手な事をしたんだろうと落ち込む。
だから、そんな彼女を無下には出来なかった。
考え込んでしまったアムロの頭をシャアがそっと撫ぜる。
「シャア…?」
「彼女がなんと言おうが君を手放すつもりは毛頭無い。君も私を手放さないでくれ」
「シャア…」
シャアはアムロを引き寄せてそっとキスをする。
初めは触れるだけの優しいキス。そして、互いの視線を合わせ微笑み合うと次第にそれは深いものへと変わっていった。
ーーーーー
「シャア、やっぱりオレたち別れよう」
翌日、リビングで寛ぐシャアに突然アムロが告げる。
そんなアムロをじっと見つめてシャアが溜め息を吐く。
「ミス.ベルトーチカ。君はヴァンパイアの様だが魔術の心得もあるらしいな。」
シャアの言葉にポンと音を立ててアムロの姿がベルトーチカに変わる。
「お婆様が魔女だったのよ!」
「なるほど」
「それよりも、とっととアムロと別れなさいよ!」
「それは出来ない。私とアムロは愛し合っている。」
「うるさい!!私は絶対に認めないんだから!」
そう叫ぶとベルトーチカは部屋を飛び出して行った。。
「だから君に認められなくても構わないのだが…。」
ベルトーチカの後ろ姿を見送りながらシャアが呟く。
「やっぱり、お二人の仲を邪魔するための滞在なんですね。」
いつの間に来たのか、気付くと横で召使いのキムがため息混じりに呟き、シャアを見上げる。
「その様だな」
『”素直で良い子”か…。確かに自分にとても素直な様だ』
それからも、事あるごとにベルトーチカはシャアに絡みまくった。
それはもうしつこい程に。
久しぶりに雲が切れて月夜の美しい夜。今日もまたベルトーチカはシャアに絡んでいた。
「ねぇ、いつになったらアムロと別れるの?」
「何度も言うが別れる気は無い。私はアムロを愛している。君こそ良い加減諦めたらどうだ?」
その言葉にベルトーチカがカッとなる。
「貴方が相手じゃなければ諦めたわよ!!」
「君がどう思おうと、君にどう言われようと私はアムロと別れる気はない。」
「それじゃあ死んでよ。貴方がいたらアムロは私のところに戻って来てくれない!」
そう言うとベルトーチカは持っていた短剣でシャアに斬りかかる。
「ベル!!!」
その剣の前に長い髪の女性が飛び込んできてシャアを庇う。
「あうっ」
「アムロ!!」
ベルトーチカが振り下ろした剣が女性の肩を傷付けて赤い血が溢れる。
「!!…アムロ…なの?」
シャアを庇うその女性をベルトーチカが驚愕の眼差しで見つめる。
目の前にはアムロと同じ赤茶色の長い癖毛を揺らし、琥珀色の瞳でこちらを見つめる女性がいた。そして、その顔は女性っぽく丸みは帯びているが間違いなくアムロだった。
「そうだよ…ベル。ごめんな。君をここまで追い詰めてしまったのはオレだ…。殺すならオレを殺してくれ」
肩の傷を押さえながらアムロがベルトーチカを悲しげに見つめる。
「オレ…こいつを…シャアを愛してるんだ。だから…もしもこいつが死んだとしても君の元にはいけない。多分オレも一緒に死ぬから…。」
アムロの言葉にベルトーチカのエメラルドグリーンの瞳から涙がポロポロ溢れ出す。
「…知ってたわよ。…分かってた。貴方たちが愛し合ってる事は…でも…どうしてもアムロを諦められなかったの。だって!私だってこんなにアムロを愛してるんだもの!」
「ベル…」
「でも、付き合ってた時もアムロは私と一緒にいながらいつも他の人の事を考えてた…。だから、別れを切り出された時は「やっぱり」って思って…受け入れた。」
「ごめん…ベル…」
「本当はアムロの相手の娘を見て、ちょっといじめて…それで諦めるつもりだったの。でも相手がシャアだって知って…男の人だって知って…諦められなくなっちゃった。でも…」
「本当にごめん…ベルトーチカ…」
ベルトーチカは屈んでシャアを庇うアムロの顔を見つめその頬をそっと撫ぜる。
「本当に女の子になっちゃうのね。ふふ、男の姿の時もアムロは可愛かったけど、更に可愛いわ。」
ベルトーチカは立ち上がると、涙を拭ってアムロを見つめる。
「怪我させてごめんね、アムロ。私、帰るわ。」
「ベル…」
「これ…おばあちゃん直伝の傷薬。魔女の薬はよく効くわよ。」
「じゃあね!」
そう言うと、ベルトーチカは蝙蝠に姿を変えて夜の空に飛び立って行った。
涙を浮かべながらも見せてくれた彼女の笑顔はとても綺麗で、アムロの心を締め付ける。
「ベル…本当にごめん。大好きだったよ…。君の笑顔に…オレは凄く救われた…。ありがとう。」
その小さな黒い影をアムロはその瞳に涙を浮かべて見送った。
「アムロ、傷は大丈夫か?」
「うん。ベルがオレの声に驚いて力を抜いてくれたから出血の割に大した事ないよ。」
「そうか…」
シャアは背後からアムロを抱き締めて傷口に唇を寄せ血を舐めとる。
「痛っ」
「綺麗にしたら薬を塗ってあげるよ。」
「シャア…」
「心臓が…止まるかと思った…」
肩に唇を寄せながらシャアが呟く。
「私も…アムロがいなくなったら生きていけない…。きっと、君と一緒に死ぬよ。」
「シャア…」
腰に回されたシャアの腕をアムロがそっと掴む。
「うん…。でも、それよりもずっと一緒にいよう…一緒に生きて欲しい。」
「ああ、そうだな。アムロ」
「……それより、お前…オレの傷口舐めとるふりしながら何気に血を吸ってないか?」
「……」
「おい!」
「仕方ないだろ、彼女に纏わり付かれていたせいで最近まともに食事が出来なかったんだ。」
シャアの言葉にアムロは溜め息を吐くと、そっとその綺麗なプラチナブロンドの髪を撫ぜる。
「しょうがないなぁ…チョットだけだぞ。」