愛を伝える。Italia
「あの方は…、あの方とは、違います。」
俺の方が泣きそうで眼が潤んでたのに、いつのまにか日本がポロポロと泣いていた。
びっくりして俺の涙が引っ込んだ。
「あの方にはお付き合いされてる人がたくさんいらっしゃって、私はその中の一人に過ぎないのです。」
俺は眼を見開いて驚いた。
日本てば最近のフランス兄ちゃんの噂を全く知らないの!?
そっか…こんな東洋の島国まではヨーロッパのほうの噂は流れて来ないのかな?
『愛の国のフランスがとうとう愛にイかれた』
って大ニュースなのに…。
あんなに派手好きで遊び好きだったフランス兄ちゃんが可笑しなくらい勤勉になって、自分の周り一つ一つ清算して、その眼はいつだって一人しか見てないのに。
「にほん…。」
「ああ、すみません。取り乱しました、お恥ずかしい。」
服の袖で涙を拭く日本は何とも艶やかで不謹慎ながらドキリとする。
「日本、俺なら日本を幸せに出来るよ。」
あ、俺も今、ズルイ大人になった。
「え?」
「日本のこと泣かせない。大切にする、心から愛することが出来るよ?」
「・・・。」
「それでも、俺じゃ、ダメ?」
日本は涙に濡れた眼を伏せる。
「…ええ、駄目です。」
「なんでっ!?」
「イタリアくんは、あの方に似ている気がします。」
その言葉は俺の胸に刺さる。
「私に優しくて、愛の言葉を囁いて下さってそれこそ…身も心も蕩けるように。」
日本の視線がしっかりと俺をとらえる。
今度は思わず俺の方が眼をそらした。
「だからこそ、イタリアくんに傾いてしまいたくなる、逃げてしまいたくなる。・・・そんなことは私が一番許せないんです。」
「良いよ?」
俺を身代わりにすればいい。
フランス兄ちゃんは今までの自分の行動がどれだけ日本を苦しめたのか悔いれば良い。
俺なら日本が望む全てを与えてあげられる。
俺は日本の肩を掴む。なんて、細い肩なんだろう。
この小さな肩を震わせて、日本は、今日も明日も明後日も、彼を思って泣くのでしょう?
「イタリア、くん?」
俺の名前を呼ぶその唇が酷くイヤラシイ。
まだ乾くことのない潤む瞳が俺を惑わした。
日本、俺は大人の男なんだ。
ガシリッと力強く痛いくらいに肩を掴まれて、ハッとした。振り向くとドイツが立っていた。
そこで俺は今、自分が何しようとしていたのかその重大さに気がつく。
ドイツの表情は怒って無かったけど、その眼は俺を責めていた。
「うぇー、日本、泣かないで?」
俺はチュッと日本の頬にキスをする。
日本も隙をつかれたせいか、ポケッとしてる。
ああ、駄目なんだっていつもみたいに飄々とした日本で居てよ。
じゃないと、つけ入りたくなる。
「よーっし!今度フランス兄ちゃんのことぶん殴るよ!」
日本は苦笑した。
「って、ドイツが言ってたー!」
「俺かっ。」
ドイツが厳しいツッコミを俺に入れる。
見事鳩尾にキまって俺は一気に吐き気を催す。
「ぐヴぇっ…は、吐きそっ…。」
俺はトイレに駆け込んで、便器に突っ伏した。
吐かなかったけど嘔吐感とともに嗚咽が漏れる。
生理的な涙が俺の眼から流れて止まらなくなった。
「日本、バイバーイ!」
「邪魔したな。」
「ええ、また、いつでも来てください。お待ちしております。」
俺たちが見えなくなるまで玄関前で頭を下げる日本の姿が見えなくなって、しばらくしてドイツが口を開いた。
「スッキリしたか。」
「まぁね、ありがとう、ドイツ。」
「俺は何もしてない。」
「日本語、まだ半分くらいしか理解してないドイツには日本のドラマはつまらなかったんじゃない?」
「・・・。」
「止めてくれて、ありがとう。」
「そうなるかもしれないと、わかってて俺を呼んだんだろ?」
「…さぁ、それはどうかな?」
もし、ドイツが止めてくれなかったら、俺はズルイ大人どころかワルイ大人になってたかもしれない。
そしたらもぅ、日本は本当の笑みを俺に浮かべてくれやしないだろう。
「次はもっと作戦練ってこーっと!」
「まだ諦める気は無いようだな。」
「当り前でしょ?だってフランス兄ちゃんのあの噂のこと全然知らないんだよ?」
「そりゃ、誰も教えたがらないだろうな。」
「うん、チャンスはまだあるはず!」
「お前にも…俺にもな?」
ヴぇー…今一番のライバルはとりあえずこの隣に居るムキムキかもしれない。
作品名:愛を伝える。Italia 作家名:阿古屋珠