酷い大人
上司の色事に水を差すというのは、何度やっても慣れない仕事だ。
諸泉は襖一枚隔てた雑渡の寝所に向かって、自分でも驚くほど冷めた声を掛けた。
「組頭、お客です」
掠れた熱っぽい息に混じって、ああ、という嘆息にも似た声が返ってくる。―――いっそ息一つ乱れずにいてくれたら、まだ付け入る余地もあろうものなのに。
「・・・また鶴町君?」
「違います」
「じゃ、鉢屋君」
「違います」
「ああ、そう」
複数の名を出した挙句、残念そうにするのがまた癪だ。目の前で恥態を晒しているそのお稚児だけでは不足だとでも言いたいのか。
そもそも諸泉は雑渡に、刺客が来たと伝えたつもりなのだ。どうもこの上司には危機感とか緊張感とかそういうものが圧倒的に足りない。
「とにかく、そのままでは危険ですから」
吐き捨てるように言って刺客の相手でもしに行こうとすると、ようやく雑渡が声色を変えた。
「分かったよ。―――君は退がってなさい、邪魔だから」
そう、始めからそういう忍組頭らしい態度を取ってくれればいいのだ。あんな声を、息遣いを、一切聞かせずにいてくれれば良かったのだ。それならまだ、きっとどうにか割り切れた。
退がれという命令を無視して見張るように待っていると、すぐに襖が開かれて忍装束を身につけた雑渡が現れた。と思った瞬間には何処かへ消えてしまったので、諸泉もいい加減持ち場に戻ることにする。
立ち上がる際ふと目に入った、布きれを一枚羽織っただけの釣り目のお稚児が憎らしいほどに艶かしくて、諸泉は吐き捨てた。
「哀れな奴」
負け惜しみ以外の何物でもないことは、重々承知だ。
諸泉は襖一枚隔てた雑渡の寝所に向かって、自分でも驚くほど冷めた声を掛けた。
「組頭、お客です」
掠れた熱っぽい息に混じって、ああ、という嘆息にも似た声が返ってくる。―――いっそ息一つ乱れずにいてくれたら、まだ付け入る余地もあろうものなのに。
「・・・また鶴町君?」
「違います」
「じゃ、鉢屋君」
「違います」
「ああ、そう」
複数の名を出した挙句、残念そうにするのがまた癪だ。目の前で恥態を晒しているそのお稚児だけでは不足だとでも言いたいのか。
そもそも諸泉は雑渡に、刺客が来たと伝えたつもりなのだ。どうもこの上司には危機感とか緊張感とかそういうものが圧倒的に足りない。
「とにかく、そのままでは危険ですから」
吐き捨てるように言って刺客の相手でもしに行こうとすると、ようやく雑渡が声色を変えた。
「分かったよ。―――君は退がってなさい、邪魔だから」
そう、始めからそういう忍組頭らしい態度を取ってくれればいいのだ。あんな声を、息遣いを、一切聞かせずにいてくれれば良かったのだ。それならまだ、きっとどうにか割り切れた。
退がれという命令を無視して見張るように待っていると、すぐに襖が開かれて忍装束を身につけた雑渡が現れた。と思った瞬間には何処かへ消えてしまったので、諸泉もいい加減持ち場に戻ることにする。
立ち上がる際ふと目に入った、布きれを一枚羽織っただけの釣り目のお稚児が憎らしいほどに艶かしくて、諸泉は吐き捨てた。
「哀れな奴」
負け惜しみ以外の何物でもないことは、重々承知だ。