酷い大人
「酷い大人だな、組頭は」
そう言うのは小頭である。
「諸泉がこれほど慕っているのに、気付かない振りをなさるどころかお稚児とお楽しみとは」
「振りじゃなくて、本当に気付いてないんじゃないですかねぇ・・・」
諸泉は息を吐いて、先ほど刺客と闘う際に雑渡が使った武器を手に取る。手入れもせずに放ったらかしはいつもの事だ。
「気付いておられるさ、お前の考えることくらい」
「―――怨憎混じりですけどね」
諸泉はそう呟き、眉根を寄せて血の付いたままの苦内を眺める。小頭の目には、それがひどく哀れに映った。
そう、雑渡はきっと部下の寄せる好意に気付いている。武器やら忍装束やらも、諸泉が手入れするのを分かっていて放ったらかしにしているのだ。
「・・・仕方ないですよ、あっちは上司ですし。それに私はあんな・・・あんな風には、とてもできないし!」
ぷ、と小頭が噴き出した。諸泉が至極ばつが悪そうに視線を逸らすと、小頭のほうも気まずそうにごほんと咳払いする。
「まあ、そう自棄になるな。あれはそもそもそういうことが役目なんだ、達者で当たり前だろう」
「でも・・・」
「諸泉。お前は組頭のために、あのお稚児の代わりができると言うのか?」
小頭の渋面を、諸泉はまともに見られなかった。上手い言葉が出てこなくて、気が付けば雑渡の苦内を手慰みに拭っていた。
視線を感じて向かいに座る小頭を盗み見ると、彼はさも怪訝そうな顔をして、じっと諸泉の手元を見詰めていた。上司の武器をまるで決まりきった習慣か義務のように手入れする、部下の手元を。
自分の行動が無意味だとは諸泉も分かっている。どんなに尽くしても、自分が彼の一番になることなど永久にあり得ない。あの釣り目の同僚は、何もせずただ何年もの間ずっと彼に寄り添ってきただけなのに。
あれこれ思考する頭に、小頭の低い声が割り込む。
「辛いならやめて終えばいいじゃないか」
それはもっともだった。こんなこと、甲斐甲斐しく続ける意味はもうない。
「―――と言ってもお前は続けるのだろうな、諸泉」
いつまでも黙っているわけにはいかず、はい、と短く答えたが、蚊の鳴くようなか細い声しか出なかった。
小頭は雑渡の私室のほうを見やり、酷い大人だ、ともう一度言った。諸泉はそれを否定できないと思って聞いたが、それに小頭が小声で付け足した言葉には、自らの耳を疑った。
「・・・・・・小頭?」
「ああ、いや、何でもない。気にするな諸泉」
小頭にしては珍しく強い語調で言われたので、反射的にこくりと頷いた。小頭は気まずそうに一つ咳払いして、
「もう休め」
とぶっきらぼうに言い、ささっと部屋から姿を消した。
幸か不幸か、諸泉は小頭の呟きを違わず聞き取っていた。
そう、確かに彼はこう言ったのだ。
「・・・私では駄目なのか、尊奈門」