東方『神身伝』
「幻想郷はね、妖怪や神様に妖精、他にも数多くの人外が共存する世界なの、勿論その中に人間も含まれているわ。
そして、私は正真正銘の人間よ。」
本当に信じられない事だらけだ、しかし、現に目の前で見せ付けられると信じる他に道は無い。
「さらには。」
霊夢は続けて言うと、袖の中から一枚の紙の札を取り出し、徐にそれをカードでも投げる様にして庭先に投げる。
投げ出された札は、それが紙で出来た物とは思えないほどの速さで飛び、そして。
パン
クラッカーでも鳴らしたような音共に煙を上げて、小規模な爆発を起こした。
「これは弾幕といって、この世界で力有る者が生きていくのに、最低限身に付けていなければならないものよ。」
再び目の当たりにした、不可思議に、呆気に取られていた冬馬だが、霊夢の言葉に我に返る。
「そ、そんな事できなよ俺。」
「でしょうね。」
霊夢は、解りきっていたかのように即答し、再び冬馬の反対側に座る。
「っで、貴方の力はどう言った物なのかしら?」
不意に投げかけられた意味不明の質問に、クエスチョンマーク全開の顔で答える。
「だから、さっき自分でも言ってたじゃない、その力、見せてよ。」
そう、紫という名の妖怪に有ってから自覚した、人並み外れた身体能力。
それを見せてみろと言われているのだ。
「解った。」
そう言って、部屋から庭に、ノーモーションで勢い良く飛び出す。
「ほ〜、既にその時点で凄いわね。」 そんな霊夢の言葉を無視して、屈伸等をして身体をほぐす。
霊夢も良く見えるように縁側まで出てくる。
「じゃあ、行くよ。」
言葉と共に、力いっぱい地面を蹴り、真上に飛ぶ。
目にも止まらぬ速さでグングンと上昇していく。
「ほえー、良く飛ぶわねー。」
霊夢は感心するように言うと、太陽の光を手で遮るようにして上を見上げ、冬馬の行く先を見つめる。
飛び上がった当の本人はと言うと。
「おいおいおいおいおいおい、何処まで行くんだよ。」
焦っていた。
本気の力で飛んだは良いが、自分の限界を知らない冬馬は、自分の予想の範疇を超えた高さに、かなりの焦りを覚える。
「着地できるのか・・・・・。」
およそ高さにして30メート程のところで止まり、其処から重力に逆らう事無く下へ下へと降下を始める。
「くそ、今までは此処まで飛ばなかっただろ。」
そんな愚痴をこぼしている内にも、地面は迫って来る。
「膝を使って。」
祈るように言葉を発し、地面につく瞬間、全ての衝撃を体全体で和らげるように意識して着地する。
冬馬の心配は無用だった、着地は見事に成功したのだ、しかも大した衝撃が身体に掛かった感覚も無い。
「すごいわね〜、一気にあそこまで上がるなんて、私でも出来ないわよ。」
「え、ああ〜うん、ありがとう。」
自分が思っていた以上の力が自分に備わっている。
この事実に驚愕していたせいで、霊夢の言葉に返事をするものの、生返事になってしまう。
「どうしたの?大丈夫?」
「いや、なんでもない。」
冬馬の生返事を疑問に思った霊夢が、心配そうに顔色を伺ってくるが、直ぐに取り成して答える。
「よし。」
自分の力に自信が出てきた冬馬は、それなりに広い境内の中を、高速で移動してみる事にした。
その結果は、すさまじいものだった。
冬馬には他人の目にどのように映っていたのかは解らないが。
霊夢が言うに、最早、目で捉えるのは不可能な物だったと言う。
そして何より、結構な時間、身体を動かしたのにも関わらず、疲れも無く息切れ一つ起きていなかったのだ。
「飛べないけど、それをカバーするには十分な身体能力ね。」
再び部屋に戻った二人は、卓袱台をはさんですわり、霊夢が入れたお茶をすする。
「っで、冬馬はこれから行く当てなんて無いんでしょう?」
「え、そう・・・なるね。」
考えていなかった訳じゃないが、自分の力の事で頭が一杯になっていた冬馬は、その事を完全に忘れていたのだ。
「なら、落ち着くまで此処に居ればいいわ。
部屋は余ってるし、一人増えた所で生活が苦しくなることも無いしね。」
この瞬間、霊夢が女神に見えたのは言うまでもない。
「この世に、こんなに優しい女性が居るなんて、琴美に見せて・・・・・・・。」
霊夢に感激の眼差しをむけ、発した言葉は途中で止まった。
そう、冬馬はもう元の世界には戻れない・・・・・喜んでいた人並み外れた力は、元居た世界ではイレギュラー以外の何物でもない。
解ってはいても、再確認すると何かこみ上げてくる物があった
「・・・・・・色々と思うところもあるだろうけど、今は今を受け入れたほうが良いんじゃない?」
霊夢は、冬馬の考えている事が分かっていたのか、曖昧では有るが、的確とも思える助言を冬馬に与える。
「・・・・・・うん。」
霊夢の言葉に返事をすると、顔を上げて、オレンジ色に変わり行く太陽に視線を向ける。
そして、何かを決意するかのように、自分の両頬をパンパンとたたいて、霊夢に向き直し頭を下げる。
「お世話になります。」
「うん、宜しくね。」
こうして、冬馬の幻想郷生活が幕を開けた。