東方『神身伝』
幻想郷に来て、初めての夜。緊張して寝付けないのではないかと思っていたが、想像以上に疲れていたせいか、直ぐに深い眠りの中へと意識が沈んでいた。
チュンチュン、チュンチン。
気持ちの良い目覚めを促すように、外で雀の鳴く声が聞こえる。
「ん〜、朝か。」
障子に遮られ、優しくなった日の光が、上半身を起こした冬馬の目覚めを、更に優しく促してくる。
冬馬は、寝起き眼では有るが、ハッキリした意識の中で、自分の周りを見渡す。
其処は、今まで見慣れていた病室でもなければ、自分の家でもない。
「そうか、本当に夢じゃないんだよな。」
再確認するように、独り言を呟いていると、其処の家主である博麗霊夢が、ゆっくりと障子を開けて現れる。
「おはよう、ゆっくり眠れたかしら?」
霊夢は、冬馬の調子を確認するように、布団の横に正座すると顔を覗き込んでくる。
「うん、良く眠れたよ。」
「そう。」と霊夢は簡単に返事をすると、立ち上がり手に腰を当て仁王立ちする。
「じゃあ、早速働いてもらうわよ。」
「よし来た。」
昨晩、この博麗神社にお世話になる事になったのだが、ただでなんて都合の良い話は無い。
当然、霊夢の手伝いをすると言う条件が付いて来る。
元よりその積もりだった。
返事をすると早速、布団から出て、その布団を畳む。
「じゃあ、境内の掃除は私がするから、朝ごはんの用意を頼めるかしら?」
「おお、行き成り嫁入り最終テスト?」
朝とは思えないほどの軽快な突込みを入れてくる冬馬に、「んな訳があるか。」と苦笑いを浮かべて突っ込みなおし、早速、台所えと案内する。
「此処にある物なら、何でも使って良いからね。」
米の場所、食材の置き場、調味料の場所などを簡単に説明して、「じゃあ、頑張ってね。」っと一言告げて、境内の方に向かっていった。
「さて・・・・・・頑張るか。」
飲食店や喫茶店、その他諸々のバイト経験の有る冬馬は、それなりに料理が出来る自身が有った。
その記憶を頼りに、早速、朝食の準備に取り掛かった。
しかし、冬馬は直ぐに立往生してしまう。
今まで米を炊くのは炊飯器がしてくれてたし、火を起こすのもガスコンロの捻りを回すだけで出来ていた。
しかし、此処にはそれらが無い。
全てが、一昔前の古めかしい設備だけだった。
米を荒い、炊く為の火釜の前に立ち、それを嘗め回すように見つめて立ち尽くす冬馬。
「ん〜、俺はアウトドア波だ。」
とか何とか言いながら、適当に木材を、その火釜の中に突っ込んで行く。
「だめだめ、そんなに木を一気に入れると、火が起き難いよ。」
声のした方を見ると、丁度台所の出入り口の所に、小さな女の子が立っていた。
見た目は普通の女の子なのだが。
しかし、驚くことに、その頭には2本の長い角のような物が生えている。
「先ずは、少しだけ木を入れて、その中に火種を入れるんだ、その後に少しずつ木を足して、火力を調節するんだよ。」
少女は、冬馬の驚いた表情を無視して説明を続ける。
何時まで経っても驚きの表情で、此方を見つめてくる、冬馬に、女の子は少し眉を吊り上げる。
「ぼ〜っとしてないで、さっさとしなよ。」
見た目に反して、威厳を漂わせる女の子の言葉に、思わず「はい。」と返事をして作業に取り掛かる。
その後も、何かと序伝を貰いながら、朝食の準備を進めて行く。
気が付くと、女の子は冬馬の直ぐ傍まで来て、手取り何取り、色々と教えてくれた。
「よ〜し、いいんじゃ無いかな。
味も悪くないし、あんた才能あるねえ〜。」
「あ、有難うございます。・・・・・っで、君は?」
今まで、気に成っていたが、タイミングを掴めずに先送りにしていた質問を投げかける。
「ん?私かい、私は萃香、伊吹萃香って言うんだ。
見ての通りの鬼さ。」
女の子の口から出てくる、『鬼 』と言うフレーズ、聞いたことは有っても、自分を鬼だと言う者を見た事がない。
それも内面と言うわけではなく、見た目からして鬼なのだ。
「信じられないかい?」
またもや、驚きの表情で此方を見つめる冬馬に、少し笑いながら答える。
「でも、ほれ。」
萃香は、そう言って、自慢でもするかのように頭から生えている角を見せてくる。
冬馬は、自分に向けられたその角を、優しく撫でる様に触ってみる、すると。
「ヒャイ。」
萃香の口から、なんとも言えない、可愛らしい悲鳴の様な声が漏れる。
「こ、こら、誰が触っていいって言った。
角は弱いんだ、しかもそんな手つきで触るな。」
「ご、ごめん。」
思わず両手を上げて、無実を証明するような格好で謝る。
萃香は、少し顔を赤らめ、涙目で見上げるように睨み付けてくる。
その表情が、また何ともウニャウニャな訳で。
「兎に角、私は鬼なんだ。」
先程感じた、威厳のようなものが全く感じられない、見た目通りの感じで強く言ってくる。
「うん、分かったよ、萃香ちゃん。」
年下の女の子に接するような口調で返す、が。
「ちゃ・・・・ん、だ・・・・っと?。」
低く、どすの利いた声で、声を放つ萃香。
この世にオーラと呼ばれる物が見えるなら、いま萃香の放っているものは、限りなく黒に近い色をしているだろう。
その事に気が付いた冬馬は、何を怒っているのか分からない故に、苦笑いを浮かるしかできない。
「こ、子供扱いか・・・・・私が小さいからか?そうなのか、くそう、こんな若造にまでちゃん付けされるなんて。
うにゃああああああ、幼女なんて止めてやる〜。」
意味の分からない言葉を叫ぶ萃香。
ズギャン。
「ぎにゃ。」
そんな萃香の頭にチョップが炸裂する、チョップとは思えない音が鳴り響くと同時に、萃香は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「朝から、煩いのよあんたわ。」
そこには、呆れたような目を向ける霊夢が立っていた。
「んで、朝食はできたのかしら?」
しゃがみ込む萃香を完全に無視して、朝食の出来具合を聞いて来る。
「何とか、萃香『さん』に教えてもらったので。」
絶対に怒らせてはいけない人リスト、登録完了。
そんな、仕様も無い事を思いながら答える。
「良いのよ、この子の言葉なんていちいち真に受けないで、年中酔っ払いなんだから。」
そう言えば、萃香からはほんのりと酒の匂いがしていた。
料理酒を使っていた所為だと思い込んでいた冬馬は、再び萃香に目を向けると。
「ヒック、幼女なんて、くそくらえだ。」
拗ねたように胡坐をかいて頬杖を付き、片手に紫色の瓢箪を手に持ち、それを口に運んでいる。
「あんたの場合、そうじゃなくなったら、アイデンティティが欠落するでしょうが。」
愚痴を垂らし続ける萃香に、再び、呆れたように視線を向けて言う。
「あたしゃ、鬼なんだ、誇り高き鬼なんだよ。それが、こんな若造にまで子ども扱いされるなんて。」
それでも、ぶつくさ文句を言う萃香に、霊夢がとある提案をする
「なら、手っ取り早くゲームでけりを付ければいんじゃない?」
「・・・・・・そうだね、よし、やってやろうじゃないか。
食事前の軽い運動だ。」
「冬馬は?どうするの?」