東方『神身伝』
少し考えたが、自分の言葉が萃香を傷つけた、その『ゲーム』をすることで彼女が納得するならと思い。
「分かった、やろうか。」
「じゃあ、成立ね。」と霊夢は手をたたく。
「その前に、ご飯をはこびましょう。」
霊夢の言葉に納得した萃香は、「みてろよ〜」とやる気満々の表情になり、元気を取り戻していた。
3人は、出来上がっているご飯をテーブルまで運び終えると、そのまま境内の方まで出る。
何のゲームなのか聞かされないまま、萃香と一定の距離を開けて立たされる冬馬。
まあ、『ゲーム』って言うぐらいだから、簡単な物だろうと腹を括る。
「ルールは?」
「冬馬はスペルカード持って無いでしょうから、無しとして。
その他は、通常通りでいいんじゃない?
ギブアップした方の負け。」
意味の分からない言葉を並べる霊夢、その言葉の意味を考えている内に、霊夢の口から冬馬に向けて言葉が発せられる。
「冬馬、無理だと思ったら直ぐにギブアップしなさいよ、こんな所で怪我しても面白くないからね。」
冬馬は、その言葉の意味を理解するのに1〜2秒掛かった。
そして、霊夢に何かを言おうとした瞬間、その霊夢から「始め。」の言葉が発せられる。
そして次の瞬間には、その言葉の意味を、身を持って理解する。
さっきまで、離れたところに居た筈の萃香が、直ぐ目の前に迫る。
そして、拳を握り、それを思い切り冬馬に向かって振りぬいてくる。
避けられてのは奇跡に近いだろう。足を絡ませ、後ろに尻餅をついて倒れる。
その後に、ドゴン。
何か重いものが、地面にぶつかる様な音が鳴る。見ると先程まで冬馬が立っていた場所に萃香が居て、その拳を地面に突き出している。
まだ・・・・・・まだ、それだけなら理解の範囲だろう、だが萃香の放った拳は地面にめり込み、その驚異的な威力をまざまざと見せ付けていた。
「ちょ、まって、聞いてない。」
「言ってない。」
ですよね〜。と突っ込みを入れる冬馬だが、その思考もすぐさま遮られる。
地面に突き刺さった拳を引き抜いた萃香は、軽く飛び上がると再び冬馬に目掛けて拳を放ってきたのだ。
「うわわわわ。」
情い声をあげ、その場からよつんばえで逃げる冬馬、直ぐ傍で放たれた拳の衝撃波が冬馬の背中を押し、少し身体浮く。
そのまま地面に叩き付けられ、仰向けに向き直り、萃香を見る、そこには不適な笑みを浮かべ、獲物を駆る獣のような目をした鬼が立っていた。
「ほら、立ちなよ、弱いものいじめは性に合わないよ。」
そういって、立ち上がると、冬馬を見下ろす。
恐怖で、震える冬馬は、何とかその場に立ち上がる、今まで自分が居た二箇所には、丁度萃香の拳大の穴が開いてる。
冗談じゃない、こんなの食らったら怪我どころじゃ済まないぞ、当然の事を思いながら、すぐにギブアップの言葉を口にしようと考えていたところに、萃香が口を開く。
「はん、もうギブアップでもするつもりかい?なっさけないね〜、虫以下だよあんた。
全く、こんな屑に子ども扱いされたなんて、更に腹が立つ。」
その言葉に、冬馬の何かがブチと音を鳴らした。
「おい、なめるなよ幼女、虫だ?屑だ?好き勝手言いやがって、やってやるよ。」
冬馬は、自然の口に出していた、言った後に、後悔の思いが溢れ出たのは言うまでもない。
でも、それでも、此処まで言われて冷静で居られるほど、大人でもない。
「ふん、なら見せてみなよ、あんたの「能力」。」
そういって、萃香は再び地面を蹴る、体を回転させその勢いで蹴りを放ってくる。
しかし、冬馬には、その攻撃が妙に遅く見える、まるでビデオの画像をスローモーションで流しているかのように遅く見えたのだ。
これなら避けられる、そう思い地面を蹴り横に飛ぶ。
冬馬はそれだけの行動を起こしただけだった。
しかし、それをみた萃香と霊夢は、完全に呆気に取られていた。
その動作自体は、ありふれた物なのだが、驚くべきはその『速度』だ。
かろうじで目で追う事は出来るが、人並みを脱した速度で横に移動した冬馬は、二人の目から一瞬その姿を消していた。
「っな。」
萃香の蹴りは、当然の如く空振りする、そのまま着地すると止まる事無く冬馬の居る方向に飛び、再び拳を突き出す。
しかし、そこには既に冬馬の姿はなく、再び地面に穴が開く、そして。
「こっちだよ。」
萃香はビックと背筋を正して、恐る恐る後ろを振り向くそこには、目にも止まらぬ速さで回り込んだ冬馬が立っていた。
「は〜ん、やるね〜。これで、あたしも少しは楽しめるってもんだ。」
萃香は、驚異的な移動速度を見せ付ける冬馬に、少し驚いていたが、まだまだ余裕がある様子で、立ち上がり冬馬に対峙する。
「あたしの知り合いの中に、あんたみたいに逃げ足だけは早い奴が居てね、そう言った相手との戦い方には覚えがある。」
萃香は、そう言うと、拳を上に向けて、その手のひらを空に翳す。
「逃げ足が速いなら、『逃げられない攻撃』をするまでさ。」
そういったとたん、台風でも来たのかと思うほどの風が吹き始める。
それは、どうやら萃香を中心に吹いているようで、見る見るうちに渦を巻き、小規模な竜巻を起こす。
「な、何だよこれ。」
見たことも無い超常現象に慌てる冬馬だが、そんな事はお構い無しに、萃香は更に風邪を『萃め』る。
「あいつは風邪を操るから、他の方法で行くけど、あんたの場合はこれで十分さね。」
見る見る内に強大になる竜巻、風の音で萃香の声も聞き取り辛く成る程だ。
冬馬は重心を落とし踏ん張る、気を抜いたら、体が浮き、瞬く間に竜巻に巻き込まれてしまいそうになるからだ。
「こ、こんなのどうすればいいんだよ。」
優位に立てたと思った矢先に、突如として危機的状況に、焦りのみが先走りしてしまう。
何とか、何とかしないと、そう思えばそう思うほど焦りは膨らみ思考能力を奪っていく。
そして、次の瞬間その時は訪れる。
更に勢いを増した竜巻に、重心を落とすだけでは耐え切れなくなり、抵抗もむなしく冬馬の足は地面から離れ、荒れ狂う竜巻に飲まれていった。
「ぐあああああああああ。」
最早、自分の出している声も聞こえないため、声を出しているのかすら分からない。共に巻き込まれた木々の残骸が目に映り、それらも自分の身に降りかかる脅威に有る、そんな状況で。
ミックスジュースの材料達は、こんな苦しみを味わっていたのか、今度からもっと感謝の気持ちを込めて頂こう。
とか、仕様も無いことを考えていた。
「にゃはははは、勝った勝った〜〜〜。」
不意に、萃香の歓喜の声が耳に届く、それを聞いた冬馬は歯を食いしばり、拳に力を込める。
このまま負けてたまるか。想いは有る、だが厳密に何をすれば負けないのか、冬馬には分からない。
再び想いだけが先行して行く。
「くっそ〜、負けたくねぇ、負けたくねえよ。」
初めてだった、喧嘩をした事は有っても、そこまで熱が入ることは無かったし、丸く収まればそれならそれが一番良いとも思うくらいだったからだ。
力を手に入れたからなのか、それとも今まで喧嘩してきた相手は、全員こんな風に思っていたのか、今の冬馬にはそれは解らない。