東方『神身伝』
ピピ、ピピ、ピピピピピピピ
ガタン
「んん〜」
仕事を全うしようとがんばる目覚まし時計を、荒々しく叩いて止め、一人の青年がベッドから上半身を起こす。
短く黒い髪の毛の青年だ。
「はあ〜あ、もう朝か・・・・・・。」
大きな欠伸をしながら、寝癖のついた頭をボリボリと掻いて、開いているのかわからない程の眼でベットから立ち上がると背筋を伸ばしす。
青年の身長は180センチ程で、長い足に、少し小さめの顔、俗に言うモデル体系だ。
顔付きも綺麗で、その関係の仕事をしていると言っても納得が出来る容姿をしている。
「ん〜ん〜っとぁ。」
少は目が覚めたのか、先程より多少は開いた眼で洗面所に足を運び、顔を洗ったり髪を濡らして寝癖をなおしたりて、一通りの用事を済ませる。
「さてと、確か朝は何もなかったよな。」
洗面所から出てきた彼は、スッキリとしたような顔つきで、ベッドに隣接した壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。
カレンダーには、赤や青のペンで予定等が多数書かれている。
「22日は………よし、午前中は何もないな。」
自分の予想が的中した事と、午前中に用事が無いことの喜びからか、自然と口から「よし」の声がでる。
「夕方からはバイトだから………3時位まで時間があるな。
それ迄は職探しでもしますかな。」
今後の予定を簡単に決め、目の前にある冷蔵庫から牛乳を取出して口に流し込む。
そして、目の前のトースターに食パンを放り込み、タイマーをひねる。
チーン。
パンが焼き上がると、その場でマーガリンを塗り、洗い物が一切出ないようにするために、そのままそれを口に運ぶ。
簡単に食事を済ませると、小さなパソコンテーブルに腰を下ろし、早速パソコンのスイッチを入れる。
ブゥゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥゥ
そのタイミングに合わせたかのように、充電器に繋いだまま放置されている携帯電話のバイブレーション機能が慌ただしく音を鳴らす。
「ん?午前中に電話?誰だよ。」
若干怪訝な顔を浮かべながら、携帯電話を開くとそこには「山下琴美」と名前が出ている。
「…………。」
数秒間の沈黙、その中で数回のバイブの音が、「早く出ろ」と言わんばかりに鳴り響く。
彼は、悩んだすえ受話器の『下ろす』ボタンに指を掛けて着信を拒否する。
「触らぬ疫病神に。」
ブゥゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥゥ。
「……………。」
再度、携帯電話のバイブレーション機能が音を鳴らす「取ってくれるまで震えるんだから。」電話先の意志を、そのまま体現する携帯電話。
「はぁ〜。」
全力で『面倒臭い』と言う表情に出しながらため息をつくと、今度は受話器を上げるボタンを押して携帯を耳に運ぶ。
「もしもし、朝からなんだよ。」
電話の相手は相当気が知れた仲なのだろう、電話に出るなり面倒臭いの感情むき出しで言葉を放つ。
「あんらねぇ〜ヒック。
一回でぇぇ、電話にでらさいよ………ヒック。」
電話の向こう側からは、若干擦れたような女性の声が聞える。
その声には力は無く、どことなく気持ちよさそうでとろけた様な感じを思わせる。
要は酒に酔っているのだ。
「お前、また午前様か?いい加減にしとかねぇと彼氏に愛想尽かされるぞ。」
内容はともかく、子供を叱るように若干言葉を荒げて喋る。
「あぁ〜煩いなぁ、分かったから早く迎えに来てぇ。」
それに対して、逆に怒った様な感じに答える。
「い〜や〜だっ。
今日という今日は駄目だ。
少しは反省して家まで歩いて帰れ。」
彼の言動からも解るように、彼女がこういった状態に成るのは初めての事ではないようだ。
むしろ、頻繁に起きているような雰囲気すら感じる。
相変わらず叱り付けるような口調で電話に怒鳴る。
すると、さき迄は何かしら言い返してきていた電話の向こう側が無音になる。
不意に訪れる静寂に焦りを覚えたのは、叱り付けていた彼の方だ。
「お、おい?大丈夫か?お〜い、何とか言え。」
10秒、いやもっと短い間であったであろう沈黙。
しかし、彼に色々と想像させるには十二分な時間だった。
「おい!返事をしろって。」
さき迄とは打って変わって、焦りが交じった口調で電話に怒鳴る。
「………ヒック……ヒック。」
その声に反応してか、受話器の向こう側から小さな音で、肺が痙攣している時に出るような、しゃっくりにも似た独特の音が聞き取れた。
その音は、聞き様によっては泣いている様にも聞き取れる。
「な、泣いてるのか?」
受話器の向こう側から聞こえてくるその音に、彼は、さらに焦りを覚えるが、それは声に出さずに優しい口調で問いかける。
「・・・・・・・・は・・・・・・。」
「は?」
「吐きそう。」
「はあ、おま、ちょ。俺の良心と言う名の心を返せ、今すぐに弁償しろ。」
彼女の発言を聞いた瞬間に、彼の口から何かが爆発したように言葉が出てくる。
「うう〜。」
電話の向こう側からは、それを聞いているのか聞いていないのか分からないが、苦しむように唸る声が聞こえてくる。
「はあ〜、取り敢えずは迎えに行ってやる。
今、何処だ?」
若干疲れたようにため息をつくと、彼は仕方がないといった感じに迎えに行くことを決めた。
「・・・・・・うう〜、・・・・家の前にいるうう〜・・・・うええ。」
「んな!?」
迎えに行くために、居場所を聞いた彼女の口から出てきた意外な言葉に、彼は少しキョトンとしてからドタタタと走って家のドアを空ける。
幸いにも彼の住んで居る家はワンルームだ、故にドアを開けるまでには5秒も掛からない。
ドタン。
勢い良くドアを開け放ち、2階の廊下から身を乗り出してマンションの出入り口を見下ろす。
そこには、薄いピンクのグラデーションが掛かったロングスカートに、ジージャンを羽織った女性が、苦しそうに前かがみになりながら壁に手を付いているのが見えた。
「マジかよ。おい琴美、そこで吐くな、ちょっと待ってろ。」
電話の内容と、彼女の現状をみて、全てに置いて猶予が無いことを、即座に理解した彼は、猛ダッシュで階段を駆け下りて彼女の元に駆け寄る。
「うう〜、と〜ま〜、気持ち悪いいいい〜。」
腰まである黒くて長い髪の毛が、前のめりになってる彼女の顔に被さるように垂れていて、何処かのホラー映画に出てきそうな感じに成っていて少し怖い。
良く見ると、周りにはちらほら人が歩いていて、此方をチラチラと見ている。
それらの人たちは、怖いもので見たかのような表情を浮かべている。
「ああ〜、分かったから、取りあえず部屋に行くぞ、歩けるか?」
しかし、彼はそんな事はお構いなしといった感じに、彼女に話掛ける。
「うう〜むり〜。」
力無い返事が返ってくる。
彼はその返事が返って来る事が分かっていたのか、はたまた何時もこの状況になると毎回そうだからか分からないが、返事が返ってくるよりも早く彼女の前に背中を向けてしゃがみ込む。
彼女も、それを待っていたかの様にその背中に向かって倒れ込む。
彼はそのまま立ち上がり琴美をおんぶして、いそいそと階段に向かって歩いていく。