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風の元へ

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夜はいくらか冷える季節となった。

少しだけ開けた窓から、すーっと、穏やかな風が入ってきた。

風に霓凰も気付いて、ふっと何かを思い出し、クスリと笑う。

窓の障子に何かが当たる。

「、、、来た。」

多分、あの人。
待ち望んでいた林殊兄さんが来る。

今日は必ず来てくれると思っていた。

急いで部屋の戸を開けると、いつもと変わらない笑顔の林殊が立っている。

「今日は来ないと思ってたのに、、、。」

少し嘘をついてみる。

「明日、梅嶺に出立するんでしょ。陛下が、宴会を開いてるのに、ここに来て大丈夫なの?」

「ん?んーー、年寄りの相手、面倒臭い。顔は見せてるから大丈夫だよ。」
思った通りの答えが返ってくる。


林殊は時々、門からではなく、塀を超えて霓凰に会いに来る。
何か特別大事な用がある訳でもなく、ただ、顔を見に、、。

霓凰は、林殊が王府の者に見つかる事が無いように、自分の侍女を持たないでいる。



霓凰の父は、林殊と婚礼なんて思いもしていなかったようで、、、。

幼い頃は一緒に遊び、一緒に育った幼なじみ。

父親も林殊の事は良く知っている。
林家や林殊が嫌いな訳では無いと思う。

だだ、ある時期から、頻繁に会うのを諌められ、距離を置く様に言われていた。

2人の心を知る太皇太后が、気の毒に思って、縁を結んでくれたのだ。

何故、林家に嫁いではいけないのか、穆王府の家臣の誰かに嫁がせたかったのか、それとも、誰か梁の朝臣の息子なのか、、、。

多分、王府の将来を考えての事。




霓凰の部屋の前の階段に、2人並んで腰を掛ける。

「明日は城下を通って、行軍するんでしょ。用意は大丈夫なの?」

「用意も何も、甲冑付けて、弓と槍、持ってくだけだよ。」

「それだけ??」

「大丈夫だよ。軍営の、色々あるし、今まで困った事ないし。」

眉をひそめる霓凰。

「他になにがいるっていうの??」
林殊は霓凰が何を聞きたいのか分からない。

霓凰はただ、明日戦地に向かう林殊に、何かささやかな物でも、用意をしてあげたかっただけだった。
出兵すれば、暫くは会えないのだから。



「、、、、、、髪を結い直しても良い?」

林殊は父親の教育方針で、10歳を過ぎると髪は自分で結っている。

不器用なのか、面倒なのか、キッチリ結い上げたのを見たことがなかった。
本人は邪魔にならなきゃ良いらしく、、、。

笑顔で頷く林殊。




弟、穆青の髪は時々結ってあげたりもしたが、子供ではない男の人の髪に触れるのは初めてで、緊張する。

髪を解いて、櫛ですく。
手入れもせずに、ただ自分で纒めるだけの髪であったが、癖の無い髪は、丁寧にすいてあげれば、たちまちに、見事な黒髪になった。

武人の間では、色々と凝った髪型が流行っていたり、、、。

どうすればそんな髪型になるのか、霓凰にも大体察しはついたが、林殊には編み込んで凝った髪型よりも、飾り付けずに纏めた簡単な髪型が良く合っていると思う。

丁寧に纏めあげ、、、。
改めて、姿勢の良さや薫り起つような首筋に惚れ惚れとしてしまう。

やがて私は妻として、毎朝この人の髪をすき、結い上げ、そして送り出す。
そんな事を考える瞬間、この上無く幸せだと感じる。

最後にこの、短か目の簪を通せば終わりに、、。

「部屋から鏡を取ってくるから待ってて。」

「そのまま挿してくれりゃいいよ。」

「駄目よ、折角綺麗に結えたのに、ちゃんと真っ直ぐ挿せなきゃ台無しよ。」

林殊はフーンと鼻をならして、不満そうにした。

いくら器用でも、さすがに簪は鏡がないと、真っ直ぐには挿せない。

部屋の中の鏡台の前で髪を結えば良いのだろうが、許嫁とはいえ、嫁入り前、密室に2人では、自分の身持ちが悪く見えてしまう。

忍び込む林殊を許しているのに、、とも思えるが、そこは守りたい。

そして何より、渡したい物もあり、楽しみで心も浮立つ。

急いで取ってきて、林殊に鏡を持たせ、鏡を見ながら位置を決めてスッと簪を通す。

挿し過ぎす、絶妙な位置に。
初めてにしてはいい仕上がりで、霓凰も嬉しくなる。

締められるのは大嫌いなので、結い具合が心配だった。

「どう?キツくない?。」

「ん!大丈夫だ、ふふ、良い男に見る?。」

「明日は梁一番の良い男ね、私のお陰だからね。」

林殊は恭しくお辞儀し、

「奥様、流石です。」

馬鹿みたいな会話だわ、、、と思いつつも、嬉しくて嬉しくて、たまらない。

「崩さないで行きたいから、今晩は寝ないでおこうかな。」

そうだった、林殊兄は寝相が悪い、、。寝ないのも髪を崩さないのもきっと無理だわ。

でも、結った髪を大事に思ってくれる心が嬉しい。

寝崩れて、自分で直そうとして、酷くならない事を願うのみ。

多分今夜は軍営で過ごすはず。あすの朝、会いに行こう。直してあげられる。


「ん??」

相変わらず鼻がいいわ。

林殊は、仄かな香りに気がついたようだが、眉をひそめて怪訝な顔つきになる。

「これを渡したかったの。」

霓凰は、袖から香袋を出す。
ひと針ひと針、心をこめて作ったのだ。

林殊は受け取り、香りを嗅ぐと、更に機嫌が悪くなる。

気に入らなかった??嫌だったの?気に触った???。

それとも、いつもみたいに気に入らない振りをして、私を驚かそうとしているの??。

「景琰にも渡した?。」

「渡してないわ。どうして?」

「、、、、、東海に行く前、景琰からも同じ匂いがした、、、。」

ああ、、この人、、、、
ヤキモチを妬いてるの?。

「入れ物を縫ったのは私だけど、中の香は良く解らないから、静嬪にお願いして生薬を合わせてもらったの。
梅嶺に居ても、良く眠れて疲れが取れるように、、、。
静嬪は靖王にもおなじ物を持たせたのね。」

「あ~~」、と林殊も納得した様だ。
ようやく林殊の機嫌は直る。

「私の事、疑ったわね。」

少し拗ねて睨んでみせる。

「ちょっとだけ、不思議に思っただけだよ」と、林殊。

プンと膨れてみせる。

「大事にするから、ほら、ちゃんと帯に通して無くさないようにするから。」

もうとっくに霓凰は許してた。

「ありがとうございます、若奥様、大切にいたします。」

かしこまって、礼などされる。

もうホントに馬鹿みたいな会話だわ。
ヤキモチを妬かれて、優しくされて、、満更悪い気持ちではない。

「何かお礼を返したいけど、、、。」

林殊はあちこち自分の体を探るが、何もない。

「あ!」と何か思いついて、林殊の右手が頭に伸びる。
霓凰も「何か」を察して、

「簪はやめて、、折角綺麗に結えたのに、ほどけちゃう!」

そう言われて、簪は諦める。


しばらく何かを思案して、霓凰をちらっと見た。ロクでもない事を思いついた時の顔だ。

「目をつぶって。」

「え、やだ、変な物は嫌よ。」

小さい頃、よくこうして変な物をつかまされた。

「大丈夫だから、変な物じゃないから、、
、、多分。」

「え~~。」

蛇の死骸とか、、、鼠の入った箱とか、、。
こうやって、色々と騙された。
思い出してしまった。

「信じて、大丈夫だから。」

渋々と応じる。
作品名:風の元へ 作家名:古槍ノ標