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サヨナラの挨拶をして

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ガタン、と激しい物音がして、オレは飛び上がった。
 このくそ暑い季節に響き渡る、キンキンと甲高い女の叫び声と男の怒号。
「ここにあったお金はどうしたのって聞いてるのよ!」
「うるせえなぁ! なかったら使ったに決まってんだろうがぁ!」
 言い争う言葉もはっきりと聞こえてうんざりする。
 これだから安アパートは嫌だってんだ。
 隣にはくたびれ果てた女とヤクザまがいの男が住んでいて、喧嘩なんていつものことだ。
 女は夜仕事に出かけるが、男の方は行きつけのパチンコ屋でもちょくちょく会うし、どうも働いている様子はない。パチンカスのようだ。
 はっきりと聞いたことはないけど、ひもなんじゃねーかと推測している。
 それに比べりゃ、バイトでもなんでも少しは働いている俺の方がちっとはマシなんじゃねえか、って、上を見ればきりはないけど下を見てもきりがないわな。
「信じらんない! 返してよ、私のお金よ!」
「ちょっと借りただけだって言ってんだろうが! 勝負かかってんだよ。男の世界に口出しするな!」
 がちゃんがちゃん、と、どちらが何をやってるのかは知らねーが、破砕音が続き、わーだのきゃーだの、悲鳴みたいなのの合間に罵り合う声が聞こえる。
 うるせえ。
 わんわんと部屋の中まで共鳴してんじゃねーか、ってほどの騒ぎに、オレは開いたままのコンビニ弁当を前に閉口する。
 今日はまたひときわすげえな。
 こんな状況じゃ飯を食う気にもならねーよ。
 こっちがちょっと物音を立てた時には怒鳴り込んできたくせに、てめえらが騒ぐときにはお構いなしっていい根性してるな、おい。
 どうせアレだろ。この後は、ちょっと静かになったと思ったらアンアンおっぱじめやがるんだろ。
 だいたいそれが定番の流れだ。
 オレは平穏な夕食をあきらめて、弁当をコンビニ袋に戻すと立ち上がった。
 ここで食うよか、公園ででも食った方がまだマシだ。
 あーあ、こんなことなら牛丼でも食ってくるんだった。それなら味噌汁も付いてきた。
 うんざりした気分で靴を履いていると、また、がちゃん、と何かを割る音がして、壁を殴ったかぶつかったか、部屋が揺れた気がした。
 大丈夫か、これ?
 中で殺し合いとかしてねーよな?
 隣のせいで警察が来て事情聴取とか冗談じゃねーぞ。
 気にはなるが、下手に首を突っ込むのも面倒なことになりそうで、オレは鍵をしてから、足音を殺して家を離れた。
 最寄りの公園は30秒と離れていないが、大きく遊具も多いせいか、夕方のこの時間になってもちらほらガキがいたりする。なので、その向こうのもう少し歩いたところを目指す。
 確かあそこにもベンチはあったはずだ。


   ◇ ◇ ◇


 目的のこじんまりした公園は、狙い通りに人気もなく、それでいて馬鹿に暗くもなくて、これならまぁ、それなりに目的は果たせそうだ。
 オレはベンチに腰を下ろし、途中で買った缶ビールを開けると、まずは一口ぐっと煽る。
「っかぁー……」
 これが飲まずにやってられるかってんだ。
「毎日毎日、ガタガタガタやかましい……そんなに喧嘩ばっかりしてんのなら別れちまえってんだ」
 隣人に面と向かっては言えない文句を口にしつつ、弁当の蓋を除けて、ようやく箸を割る。
 せっかくコンビニで温めた弁当も、移動の間に冷めちまった気もするが、それでもあんな騒ぎの中で食うよかよっぽどいい。
 まずは色鮮やかな卵焼きを片付けちまおうと、口に運んだ。
「……卵焼きって喰うタイミングに困るよな」
 コンビニ弁当の卵焼きはいまいち味が茫洋としていて、彩りにはいいのかもしれないが残念ながらおかずにならない。弁当についてくる醤油を掛けるべきか、掛けざるべきか、それとも箸休め的な存在として間に挟むべきか、コンビニ弁当における課題の一つである。
「まーだ茹で卵の方が、おかずになる気がすんだよな……」
 黄身はいいけど、白身はちょっと困るか。
 メインの半分に切られたコロッケにソースをたっぷりかけて一口齧り、脂っこくしょっぱくなった口に白米を入れる。
 もそもそと口内調味を楽しんでいると、ふらりと公園の入口に人影が現れた。
「げ」
 花見の季節ならいざ知らず、日中は太陽の照り付けるこの季節に、いくら日が落ちた時間でも、公園で弁当を広げてるなんて不審者極まりない。
 第一、飯を食ってるところを他人に見られるのはそもそも恥ずかしい。
 片付けて腰を上げようかとも思ったが、人影はすたすたとこっちに歩いてきて、断りもなくオレが座るベンチに腰掛けた。
「……」
 いや、別に文句があるわけじゃない。
 公衆の場なんだし、誰がどこに腰を下ろそうが勝手なんだが、こういう場合、先に座ってる相手には一言ぐらいあってしかるべきじゃないのか。
 だって、誰かと待ち合わせをしてるかもしれないだろう。
 片付ける機会を逃し、ちらちらとそちらに視線を向けつつ、米を掻き込む。
 くそ、何で先にいたオレがこんな気まずい思いをしなくちゃならねーんだ。
 こうなったらさっさと食って、さっさと立ち去ろう。
 家は、まだ隣人が喧嘩の真っ最中かもしれないし、じゃなかったら別の意味で交戦中だろうから、どこで時間を潰すかな。
 コンビニで立ち読みでもしていようか。
 隣に腰掛けたのは、若い男……というよりも少年で、それは白いシャツに黒いスラックスという制服みたいな恰好がその印象を強めているのかもしれなかった。
「ねえ」
 少年が話しかけてきた。
「そんなに焦って喰ったら喉に詰まるんじゃない?」
 気遣う風でもなく、単純な疑問みたいに発せられた言葉は、オレの動きを止めるには十分だ。
 見知らぬ少年を意識するあまりに焦っているのを、本人に見抜かれたのがいたたまれず、オレは無言のまま一旦ゆっくりと弁当を下ろした。
「……別に」
 大丈夫だ、とするべきか、焦ってないと続けるべきか、判断に迷って、そのまま言葉を飲み込む。
 言うべきだった言葉の代わりに、オレはビールを口に運んだ。
 しゅわっとはじける爽やかな苦味が、どことなく場違いだ。
「何だってこんなところで一人で飯食ってるんだい?」
 少年は興味深そうに踏み込んできて、オレは何とも言えずに缶を煽る。
「……何だっていいだろ、そんなもん」
 改めてよく観察すれば、隣に腰掛けてきたのはまごうかたなく少年で、少し大人びちゃいるが、どうも小学校を出て一つ二つか、そんなものに見えた。
「ふーん、まぁ何だっていいけどさ」
 少年はどこか面白そうに相槌を打って、それから、つっと白い指をこちらに伸ばしてきた。
「漬物ちょーだい」
「あ、あぁ……構わないけど」
「それじゃ遠慮なく」
 少年はひとかけら柴漬けを摘まみ上げ、それから口まで運んだ。
 白すぎる少年の指に、鮮やかな紫の汁が沁みついたような気がして、眩暈にも似た感覚を覚える。
 細い顎が動くと、ぱり、こり、と、いい音がした。
「あー……コロッケもいるか?」
「いいの?」
 一瞬見惚れてしまったのが何とはなしに後ろめたく、ざわつくものを払拭しようと弁当を少年に向ければ、少年は躊躇うことなくソースで指先を汚した。
「どーも」
 並んで座ったまま飯を食う。
作品名:サヨナラの挨拶をして 作家名:千夏