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分厚い手紙

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「……ウゥゥゥゥゥ」

召喚サークルが瞬き姿を現したのは、白いドレスをまとった少女だった。
俺はいつもの通りに右手を差し出し、歓迎の言葉を口にする。

「初めましてになるのかな。カルデアへようこそ、フラン」

フランと呼ばれた少女は差し出された腕を一瞥すると、それ応えることなく出口へ向かっていった。

「振られてしまいましたね。」

「ちょっ…!? いつからいた!?」

知らぬ間に背後に立っていた清姫が扇子で口元を覆いながらいらない一言をこぼす。というか、明らかに笑いを堪えている。

「だ、大丈夫だよ。きっと握手なんてしなくても互いのことは理解し合えてるって判断したからこそのスルーだって!あと告ったわけでもないのに振られたとか言わないでね!?」

「あら、それは羨ましいことです。一向に私のあぷろーちには答えて下さらないのに、彼女とは既に深い関係にあると。…燃やし――」

「落ち着こう。話せばわかる」

いつも通りの清姫と会話をしつつ、フランが出て行った方向へ足を向ける。新しく召喚されたサーヴァントにはカルデアを案内するのが通例だ。霊体化したままならまだしも、ここに召喚されたサーヴァントでそうする者は極めて少ない。どこから案内しようか、などと考えながら歩いていると通路の先からよく知っている声が聞こえてきた。

「あ、先輩!フランさんを召喚されたんですね!」

やって来た俺たちに真っ先に気づいたマシュが駆け寄ってくる。どうやら通路の途中でフランに出会ったらしい。
マシュの背後にはフランもおり、カルデア挙げての捜索作戦を実行に移さなくて済みそうだと胸をなでおろす。

「うん、それでフランにここを案内しようと思ったんだけど」

「あの、でしたら私もご一緒したいです。…かまわないでしょうか?」

恐る恐るというふうに訊いてくる後輩に苦笑しながら頷く。

「ってことなんだけどフラン、少し案内したいから付き合ってくれる?」

自分抜きで話が進んでいることに不満を隠しきれないようだったが、目を輝かせながら自分を見つめるマシュの様子に諦めたように頷いた。

「きよひーは…来るよね?」

「当然、わたくしもますたーに付いて行きますが?」

「…だよねぇ」

知ってました。

           
                ☆


「ここはトレーニングルーム。ふだんは俺が色んな訓練するのに使ってるけど、戦闘シュミレーションもできるからサーヴァントでも使ってる人は多いよ」

今俺たちがいるのは、たくさんのトレーニングマシンが並んでいる部屋だ。カルデア職員の運動不足解消のためにつくられたものだが、当の職員の大半がいなくなってしまったためマスターである俺の訓練施設として活用されている。

「すぐ隣には陸上用のトラックやプールなどもあってかなり充実してるんです」

補足してくれたマシュの説明に頷きつつも、フランはあまり興味がなさそうに部屋を眺めていた。ここに来るまでに様々な施設を案内してきたが、関心をひかれていたのは自分の部屋と人工的に創られた自然環境のエリアくらいのものだ。
個人的には彼女の好きなものなども知っておきたかったが、気長に探していくしかなさそうだ。
                 
「さて、案内もあらかた済んだし、最後に俺の部屋まで行こうか。この先用があって呼び出す事もあるだろうし」
 
 「ウウ」

少し離れていたところでランニングマシンを見ていたフランは「了解」という風に返事をして、こちらに戻ってきた。


  
                ☆



カルデアの最下層から戻った俺たちは、管制室にほど近い一室に来ていた。

「ここが俺の部屋。とくに珍しものは置いてないただの部屋だけど、サーヴァントのみんなと話したり、一緒にゲームしたりするんだ」

他と同様に関心もないのか、無感動に部屋を見回していたフランがふと動きを止めた。視線の先には読みかけの本などでごちゃごちゃしている俺の机がある。

「ああ、えーっと…片付けが苦手で」

フランは弁明する俺に向かって、違う、という風に首を横に振る。

「ウウ、ウウウ?」

「先輩、フランさんは、この本はどこで手に入れたのか、と言っているようですよ」

「えーっと、けっこう本読むの?」

「ウゥ」

意外な質問だったので思わず聞き返してしまった俺に、まあ、といった具合に頷くフラン。

「じゃあ最後にあそこに案内してあげるよ」

意味ありげに笑う俺に、フランは首をかしげた。



                ☆


「失礼しまーす」

挨拶とともに踏み込んだのはカルデアでの実験に関する様々な資料が保管されている部屋だ。専門書、論文などがこれでもかというほど並べられている。
だが面白いことに、それらの小難しい本以上に納められているのが各国の文芸という点だろう。ギリシャ神話から最新の小説までなんでもござれだ。

「こんにちはマスター。今日のトレーニングはお休みですか?」

貸出用の受付から声をかけてきたのはライダークラスのサーヴァント、メデゥーサさんだ。本来は電子端末での貸し出しシステムがあるはずなのだが、先の爆破テロからカットできる電力はカットしている。
手動で管理のできる資料貸し出しも、有志の人たちに任せる形で落ち着いていた。

「うん。新しいサーヴァントの子が来てくれたんだよ。だから案内してるところ」

「なるほど…。それで、そちらが新しく召喚された?」

「こちらはバーサーカー、フランケンシュタイン。フランさんです」

マシュの説明にメデューサさんが頷き、フランは目の前の女性が誰なのかという視線を俺によこす。

「紹介するね。この人はライダー。よくここで本の貸し出しの手伝いをしてくれてるんだ」

「はい、サーヴァント・ライダー、メデューサです。マスターの的確な采配のおかげでクエストでの出番もなく暇なので、よくこの資料室で受付のようなことをしています。ここを利用することがあれば、ぜひ声をかけてください」

「いや、ごめんね?いろいろ頑張ってるんだけど、どうしても素材とか足りなくてね?」

「わたくしは戦いに出れなくともかまいません、旦那様と一緒にいられれば満足ですから。
けれど他の女性にばかり現を抜かすのは、妻として思わないことがないことも――」

相も変わらず背後にいた清姫からも、危険な台詞が呟かれる。

「ウウウウ」

背筋が寒くなっている俺を他所に、フランはメデューサさんに少し頭を下げて会釈すると、手近な書庫に寄って行って棚の本を眺め始めた。
メデューサさんはその様子に少し驚いたようだったが、やがて柔らかに微笑んだ。

「ずいぶんと、本が好きな人のようですね」

「そうみたいですね。メデューサさんも良い読書仲間ができて嬉しいんじゃないですか?」

そんなマシュの言葉にメデューサさんも同意する。

「はいとても。まあ、あまりクエストでの出番がない私と違って彼女が引っ張りだこになってしまえば、それも叶わないのでしょうが…」

「頑張りますから!頑張って素材集めてきますからもう少し待って!」

もちろん、俺に対する皮肉も忘れてはいない。
作品名:分厚い手紙 作家名:たもん