分厚い手紙
「冗談ですよ」
俺の謝罪にメデューサさんはいたずらっぽく笑った。
☆
その日の夜、ささやかながらカルデアの食堂で歓迎会を開いた。
「よ、ろ、しく、おねが、い、します」
たどたどしいながらもしっかりとした自己紹介に他のサーヴァント達からも歓迎され、特にブーティカさんに抱きしめられている様子などは仲のいい姉妹のようだった。
「フランさん、すぐに馴染めそうですね。安心しました」
新しい仲間を囲む輪を、少し離れたところから見ていた俺にマシュが言う。
「うん。みんなともうまくやっていけそうで良かった」
その“みんな”の中に自分が入っているのかには少し自信がないが…。少なくとも、フランを中心に何やら盛り上がっている英霊たちは、良い仲間として互いを支え合っていけるだろう。
「大丈夫です。先輩もすぐに仲良くなれますよ」
そんな考えを見透かしたように、頼もしい後輩は微笑った。
☆
「…全然仲良くなれない」
数日が過ぎ、俺は資料室のカウンターで不貞腐れていた。
「彼女が召喚されてもう二週間ほどたちますが、いまだにきちんとした会話はできていないのですか?」
「うん。挨拶はちゃんと返してくれるんだけどな~」
俺が愚痴を言う場所は基本この資料室だ。自然と、この部屋に詰めている人がその相手をさせられることになる。
今、俺の話を聞いているメデューサさんもすっかり慣れたものだ。本人曰く、「不本意なこと」なのだそうだが。
そんな彼女もカルデアの新しい仲間には思うところがあるらしく、
「フランさん、初めてここへ来た時から途切れることなく本を借りていくんです。毎日のように通ってもらえるというのは、思いの外うれしいものですね」
そう話すメデューサさんはいつもより楽しげだ。
普段、あまり感情を表に出さない彼女が笑うのは珍しく、フランが他のサーヴァントたちと良好な関係を築けているのが窺える。
そう、そうなのだ。現状でもっともフランとの絆が深まっていないのはマスターである俺なのだ。他のサーヴァントたちが様々な場面で彼女との仲を深めているのに、俺だけは召喚された時から何の進展もない。
「まあ、みんなと仲良くできてるのなら戦闘の時とかもちゃんと連携取れるだろうし、問題ないんだけどね。でもさー…」
「みんなが仲良くなってるのに自分だけ仲間外れみたいで面白くない、ですか?」
「ざっつらいと…」
メデューサさんの的確な返答に胸を抉られカウンターに突っ伏す。当の本人はそんな俺を気にすることもなく、(みたいな表現で)思案顔でつぶやく。
「しかし、なぜマスターにだけ、というのは気になりますね。フランさん自身も自分のマスターにどう接したら良いのか分からない、とか?」
「それが分かったら苦労はしないんだけどね~」
などと話しているうちに、資料室の扉が開いた。
「お仕事ご苦労様です。おや、マスターもご一緒でしたか」
そんな台詞とともに入ってきたのは長身でスラリとした男、セイバー・ジル・ド・レェだ。
「この前借りた本の返却ですか?」
「ええ、仰る通りです。この本の返却と新しい本の調達を。では失礼して」
彼はメデューサさんの問いに笑顔で答えると、本棚から新しい本を探し始めた。
「そういえば、ジルさんはどんな本読むの?」
体をカウンターに預けたまま、首だけ回してジルさんに尋ねる。
「小説の類も読みますが、職業柄、政治や戦術などの指南書が多いですね。今日返しに来たこの本も、東洋の兵法を記したものですよ」
「ああ、『孫氏』か。俺も読んだよ、ロマンに薦められて。兵の用い方とかは難しくてよくわからなかったけど…」
以前ドクターに「君もたくさんのサーヴァントたちを指揮する立場なんだから、こういうことも少しは知っておいた方が良い」などと言われたので読んだのだ。
兵法をまとめた書なだけあって、戦術などを詳しく解説してあったが、俺が置かれている状況に合うものが少なく、いまいち活かせる気がしなかったのだ。
「まあでも、心構えとか、訓戒っていうのかな…。そういうのはすごく参考になったよ」
「なるほど。たしかにこの本には指揮官としての心構えがしっかりと書いてありました。ドクターも良い本を薦めたものです。――む、借りようと思っていた本がない…。貸し出し中でしょうか」
「本の題名を教えていただければ、こちらで調べられますが?」
資料室の貸し出し表を開きながらメデューサさんが尋ねる。
「『戦術論』ですが、どうですか?」
「その本でしたら、ああやっぱり。昨日フランさんが借りていったようです」
「フランが?ほんとに?」
挙がった名前があまりにも意外だったので思わず確認してしまったが、メデューサさんが見せてくれた名簿には間違いなく彼女の名前が記されている。
「私も意外だったので印象に残っていたんです。というか、フランさんが借りる本はこのような戦術指南書が多いですね」
「普段からそういうのを?…戦争とか好きなのかな」
「それは私にもわかりかねますが…」
俺とメデューサさんが二人してうんうん頭を悩ませている横で、貸し出し表を見ていたジルさんが何事かに気づいたように「これは…」と呟いた。
「マスター。先ほどフランさんとの距離があまり近づかないことを気にしていましたよね」
「あれ、ひょっとして俺の愚痴聞こえてた?」
「はい。申し訳ありません、盗み聞きするようなつもりはなかったのですが、資料室の扉越しに声が漏れていたので…」
「いや、気にしないで。それより、フランが戦術とかの本を借りてた理由と俺との距離の関係って?」
「その答えは、この貸し出し表をよく見ていただければすぐにわかりますよ」
「これ?」
「はい」
そう言ってジルさんは俺に冊子を渡してきた。
☆
「それで、どういった関係だったのですか?」
しばらく名簿と睨めっこしていたマスターは、何かに気づくなり挨拶もせずに部屋を飛び出していってしまった。
「難しいことではありませんよ。フランさんがここに来てから借りていた本が、マスターがこれまでに借りていた本とほとんど同じだったというだけです」
「つまり、マスターの読んでいた本を読むことでフランさんなりに自分のマスターのことを知ろうとしていたと?」
「おそらくは」
背後の書架に目を移しながらジル・ド・レェは答える。
「彼女自身も自分の主という存在にどう接していけば良いのか図りかねているのでしょう。だからこそマスターの読んでいた本を読むことで、彼がどういう人物なのか知ろうとしたのではないでしょうか?」
その答えにメデューサはなるほど、と頷く。
「不器用な人ですね」
ふふっと笑いながらメデューサがそんな感想を述べると、召喚された当時の彼女を知るジル・ド・レェは真面目腐った顔で、
「初めは『私は真に英雄ではありません。あまり関りに合いならないことをおすすめします』などと言っていた貴女には、彼女も言われたくないでしょうなあ」
と、答える。