おろしがねの錬金術師
カリオストロが右手に構えて包丁が一閃し──銀色の軌跡が風を切る。
逆手に持った包丁が意思を持ったかのように照明を反射して鈍く光った。
そして……
食材が無傷のままぼとり、ぼとりと地面に落ちる。
「…………」
「…………」
「おい、カリオストロ」
「おかしいな。本だとこれでいいはずなんだがな。本が間違ってるのか?」
自分が間違ってるという発想はないらしい。
何の本を読んだのかは察してあげよう。伝説の料理人が旅をするとか料理で世界を救うとかそういう類のやつだ。
これはクラリスに分があるかもしれない。
クラリスが作るのはどうやら魚料理らしく、板の上に魚が乗っている。それを見たカリオストロが野次を飛ばす。
「なんだぁ。その材料は? 死んだ魚のような眼をしてるじゃねぇか!」
そりゃ死んだ魚だからなぁ……。
「そっちだって! 植物や動物の死骸を使ってなにしようっていうのさ!」
料理は死骸の寄せ集めとも言えるけど、もうちょっと言い方があるだろうに。
クラリスはかたわらに料理の本を開いていた。カリオストロとは違って参考書物がまともだ。これなら案外いいものができたりするかもしれない。期待に胸が膨らむ。
「……包丁ってなんだっけ?」
そこからかい! 普通に生活していれば多少は料理できるようになるだろうに、一体どういう人生を送ってきたんだ。
ほどなくして錬金料理が完成した。グランの両脇に審査員のジータとビィがいる。
「わたし、審査員なんて自信ないよぅ……」
「オイラは海原雄山!」
グラン達三人の前には完成した料理と衝立がある。この衝立は主にカリオストロが視線で脅しをかけないようにとクラリスが設置したものだ。
「それじゃあ、いただきます」
一つずつ料理を口にしていく。無難な味とでも表現すればいいだろうか。まずくはないけれどおいしいわけでもない。甲乙つけがたい。
しかし、ある料理を食べたところで目が覚めるような感覚があった。
「う、うまい」
ジータもそれを口にする。
「こ、これは薄味でありながらいくら食べても飽きのこない深みがあり、まるで家庭料理の極みとでも言うべきでしょうか。食べたことがないはずなのに故郷を思わせる味……さらに見た目も素晴らしく、色彩鮮やかで目を楽しませることも忘れておらず、色とりどりの花を思わせるセンス。そして、あたかも川のせせらぎのように舌から喉へ落ちていく食感……すばらしい」
ジータちゃん、自信ないって言ってなかったっけ?
続いてビィ。
「わかりやすく言うと、リンゴ作って七十年のシュヴァイツァー・フォン・田中さんが作った最高傑作のリンゴであるエデンより少し劣るくらいにうめーな!」
どこがわかりやすいんだ。
僕も二人に負けないくらい、凝った評価をしなくてはならない流れだ。ここはひとつ、カッコイイところを見せてやろう。
「うん、これは…………うまいな」
それしか思いつかなかった。語彙の貧弱さが恨めしい。
カリオストロはオレ様の料理の味がわかるなんていい舌してるじゃねぇかと言わんばかりと笑みを浮かべており、勝利を確信していた。
対するクラリスはなぜかあまり興味なさそうによそ見をしていた。
「で、聞くまでなくオレ様のだろうけどよ、その料理はなんだ?」
「んーと。汁にご飯が浸してあって……雑炊?」
「あ?」
「よくわからないけど米を使ってるやつだな」
「あん? そんなもんオレ様は作ってねぇぞ」
「天才頭脳明晰美少女錬金術師クラリスちゃんも違うもーん☆」
「え」
グランとカリオストロとクラリスが異口同音に言った。
「じゃあ誰?」(グ)
「誰ンだよ」(カ)
「どっかーん☆」(ク)
そこへすっと現れた一つの影。
「アタシよ」
三人(一人は爆発の擬音だが)の疑問に答えたその人は……ファスティバだった。
「面白そうなことしてるから参加してみたのよ。漢女のたしなみとして料理の一つや二つできないとできなくっちゃダメよね。グラン君が食べたのはお茶漬けっていう料理で、別の空域にあるジャパンという島のものらしいわ」
「なんでそんなマイナーなの知ってるんだ?」
「ふふっ、漢女たるもの旦那となる殿方においしいご飯を作ってあげなくっちゃ。一日三回食べるからレパートリーを増やして色んな味を楽しめるようにして、しかも栄養面も充分という風にしないといい奥さんにはなれないわよね」
ジータちゃんが家庭的と評したのはそういうファスティバのこだわりから生まれたのかもしれない。
ともかく、審査員全員、満場一致で勝者が決定した。
「一番かわいいのはファスティバに決定!」
カリオストロが叫んだ。
「ちょっと待てやぁぁぁっ!!」
「なんだ?」
「なんだも何もないだろが! なんでファスティバが一番かわいいんだよ、納得するわけねぇだろそんなもん!」
「だって優勝したし……」
そこへクラリスが割って入った。
「はーい、ハイパー最カワれんきんじゅちゅしのクラリスちゃんが意見言いまーす☆」
噛んでることには追及しないで、その意見とやらを聞くことにした。
クラリスが続ける。
「グランサイファーでの料理担当はローアイン。料理できるとかわいい。ローアインはかわいくない。これがどういうことかわっかるかなー☆」
「……料理とかわいさは無関係?」
「うーん、ちょっと違うかなー。まず最カワ美少女というベースがあって、それに料理の上手さがあるとベースを引き立てる効果があるわけで、外見がイマイチだと別にかわいくともなんともないってわけだね☆」
「つまり、ベースを競い合うべきだったってことか」
クラリスがあまり興味ないような態度を取っていたのはそれに気づいていたからか。
「それでねー、だから人材豊富なグランサイファーを世界の縮図として普通にかわいいのは誰か投票をすれば良かったんだよね。ヴァイト君は殿堂入りでね」
種族年齢が多種多様に至るグランサイファーは確かに小さな世界と言えるかもしれない。その中で競えば全世界の人に聞いて回るのと同じ結果が得られるということだ。
「つまりこの料理勝負は無意味だったと。頑張りは空回りだったと」
一番躍起になっていたカリオストロはがくりと膝をついた。翼をもがれ、地を這うように。
こうして一騒動の幕は下りた。
空はどこまでも広く、そして蒼かった。
「このオレ様がこんな……ありえねぇ。修行の旅に出ることにする」
「もう出てる」
作品名:おろしがねの錬金術師 作家名:みなと