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代打の代打
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はじまりのあの日5 過ぎゆく時・育む想い

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その風呂上がり、脱衣所。バスタオルで体を拭う。タオルからいい香りがする。髪を拭く。用意してくれた、という着替えに目をやる。『一通り』本当に揃っている。彼の妹、私にとっての姉のものだろうか。袖を通す。履き心地、着心地、上等。髪を乾かす。自分の髪の毛から、漂ってくる香り。自分の家の物と違う、シャンプーの香り。なんだか酔ってしまいそうになる。彼もこのシャンプーを使っていると思うと尚更に。だからといって、いつまでもそうしているわけにはいかない。ヘアピンで、簡単に整える。変じゃないかな。なんて、やっぱり彼を意識しながら、脱衣所を出る。向かう。光が零れる場所。彼が居るであろう部屋へ

「ああ、似合ってるじゃない」
「えへへ、ありがとう。ただ、がっくん。キャミソールと―」
「聞かれると思った。キャミソも、もう一つも。撮影用にカルが使ってたヤツ。見せても良いやつなんだとか。洗濯してあるから我慢してな」

彼が待つ茶の間でのやりとり。なんだかほっとする。変な趣味だったら、やっぱりイヤだ

「ま、疑われたくはないじゃない。疑わしいだろうけど」

手にしていた楽譜、書類から目を離す彼。両者共に苦笑い。疑ってました。ごめんなさい。今は、疑ってない。彼は、こういうこと、本当に堅苦しい、そして、優しいひとだから。若干、その優しさが切なく感じたくらいに

「その寝間着もカルの。二年くらい前のヤツか、ちょっと小さくなって着られないって。それら、まとめてあげちゃおうじゃない」

用意してくれた。クリーム色のフリフリパジャマ。七分丈、七分袖。サイズもぴったり。優しい彼の心遣い。冷えた心も暖まる

「ほんと」
「とっといても仕方がないじゃない」
「ありがとうがっくん。あ、お風呂とっても気持ちよかった」
「しっかりあたたまったか~」
「ぽかぽか~」
「よかった。ならちょ~っと待ててほしいじゃない。適当に座ってて」

言って茶の間を出て行く彼。大きな、丸い茶卓に目をやる。PVの資料、楽譜。付けられた付箋と、書き込まれた彼の文字。真剣に仕事をする、彼の几帳面さが滲む。腰を下ろしたとき

「これもいこうじゃない」

水滴浮かぶ、ガラスのコップとコースターを手に戻ってくる

「生クリーム浮かべた、アイスウインナ~ココア。おやつにしない。じきに誰か帰ってくるだろ」

彼は、手作りのクラッカーまで振る舞ってくれる。さっきまでの不幸はこの前振りだったのか。思うほど、幸福に満たされるわたし。満足して、ココアに口を付ける。クリームは甘い。ココアは苦め。絶妙のバランス。半分ほど、一気に飲んでしまう

「っわ~、おっいし~」
「ははッリン、酒飲みじゃないんだから。ツイテルついてる」

言って、口の周りのクリームを拭ってくれる。いつものように、自然体で自分の口へ運ぶ。拭いきれなくて、ティッシュペーパーで拭いてくれる

「むわ~。がっくんおいし~い」
「それは良かったじゃない」
「わたしね、さっきまで今日びんぼーくじ引いたって思ってた」
「ん」
「ミク姉も、レンもお休み。みんなも居ない。一人でずぶ濡れ」
「散々だ」

自分用に煎れた、冷たい玄米茶を含む彼

「でも、逆に当たりくじだったのかも。がっくん家(ち)で、お風呂に入れて。おやつまで、出して貰って」
「はは。当たりって程じゃないんじゃない。鞄も、拭いてそこ、乾かしてあるから」
「至れり尽くせりありがとお」

実はこの『くじ』一等前後賞、併せて当たっていたと気付くのはこの後だった

おやつを終え、義務たる課題、予習復習に取り組む。彼も、スケジュールの確認やら、台本の読み込みをする。小一時間ほど、鉛筆や消しゴムも音のみが響いた部屋。突如、振動する、彼のガラケー。廊下に出て行く。何事かと考えていると

「♩♫♪~」

鳴り響く、わたしのスマホの着信音。メールの発信者はめぐ姉。カイ兄、めー姉と共に買い物から戻る途中、渋滞に巻き込まれて遅くなる。というもの

「バス止まったらしい。リリ達も、ミク達も、帰ってこないのそれじゃない」

部屋に入ってきた、彼寄りの情報。現在午後五時半。わたしも、連絡があった旨(むね)を伝えると

「そっか。なら重音とテルも、別件で車移動してたな。よし、通学組、回収するよう言っこうじゃない」

言って、再び廊下に出て行く彼。と、いうことは、最低一時間。彼とわたし二人きり。顔がにやけないようにするので必死だった。なぜ、それほど嬉しかったかは、考えもせず。幸運が、さらにたたみ掛けてくる。もどってっきた彼は

「さて、時間も時間。リン、課題終わったら手伝って。全員分の晩ご飯。よういしといてやろうじゃない」
「おっけ~がっくん。いつでもいいよ~」

幸せの言葉を手向けられる。応えたわたし。課題はすでに終わってた。予習は済んでいなかった

「さて、材料がそんなにないから、簡単なもんで良いか。乾麺、あるな。玉子はあるし。缶詰も―あるな。葉ネギは菜園か」
「がっくん、わたしとってくるよ」
「いや、俺が行く。雨はあがったけど、せっかく風呂入ったのに、汚れるのイヤじゃない。大鍋にお湯用意して貰えるかな、リン。気をつけて」
「りょ~うか~い」

本当に思いやりのある、紫の彼家庭菜園へ。わたし、まず、手を洗ってコンロに大鍋を出す。調理ボウルに水を張る。その水を、大鍋に移し替える。繰り返して、大鍋に水を満たしてゆく。幼いわたしに重いからと、彼が教えてくれた。彼の優しさ。点火する。蓋を閉める。沸騰するまで十分というところかな

「よっし、ピーマンも茄子も食べ頃~。肉味噌炒めとサラダでいこうじゃな~い」
「がっくん、このお湯は~」
「うどん茹でて、トッピング~」
「わ~それおいしそ~う」

葉ネギ、玉ねぎ、茄子、ピーマン。大きめのボウルに盛られた新鮮野菜。外の水盤で洗われて、水の玉が浮いている。手を洗い、調理にかかる彼

「ピーマン切るから、種とって貰おうじゃない」
「がっくん、わたしも包丁、使ってみたい」

以前から思っていたこと。優しい、そして少し、過保護な彼。子供組には、包丁作業をさせない。でも、いつまでも、子供とは思われたくない

「―~ん、わかった。まずは俺かカイト。一緒の時だけな」

考えて、彼は『決断』をした

「やった~」
「気をつけて、集中してやるんだぞ」

初包丁。握る手に力が入る。今は思う。見るからに危なっかしかっただろうと

「あ~リン、違う。リンは右利きだよな。なら、左手は猫の手。こう握る」
「こう」
「そう、包丁の握り方も、そんなガシッとじゃなく。包丁の入れ方も」
「そんなに言われてもわかんないよ~」
「あ~そうか、なら―」

言って、わたしの後ろに回る。私の手に、手を重ね、まな板へと向かう

「一緒にやろうじゃない。こう、軽く握る。猫の手。ピーマンは縦にに真っ二つ」
「お~」
「で、どんどん行く。ある程度切ったら種を取る。それは」
「できる~」
「次」

彼の手が、また重なって

「ピーマンはこう。繊維に対して横に切ると、火が通りやすくなる」
「そうなんだ~」
「次、茄子はヘタに近いところが一番栄養ある。棘に気をつけてヘタを剥く。できる」
「やる~」