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赦される日 - Final Episode 2 -

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 翌日の午後、いつものようにスキーでやってきたマーシャは、家の前から森の方へと向かう足跡に気がついた。どうやらマクシモヴィチは、さっそく散歩に出かけたようだ。
 雪は深夜のうちに降り止んで、今日は久しぶりに朝から太陽が顔をのぞかせている。このところ何日も雪が続いて家に閉じこめられていただけに、さぞかしこの明るい陽射しが嬉しかったのだろう。
「ほんと、久しぶりのお日さまだものねえ」
 マーシャは目を細めて太陽を見上げながら、ついクスッと笑ってしまった。無口で気難しそうに見えて、あの老人には妙に無邪気なところがある。今頃は、さぞ浮き浮きとした様子で森の中を歩き回っているに違いない。2〜3時間もすれば、また雪まみれになって帰ってくるだろう。マーシャは市場で買い込んだ食料を台所に運び込むと、まず自分の家の分を取り分け、ここで今から作るシチューの材料をテーブルの上に出し、残りを戸棚にしまった。それから掃除をしようと居間へ入った。
 火を落としてからどれほどの時間が経ったものか、居間は外と同じように冷え冷えとしており、暖炉には暖かさの痕跡も残っていない。
「あらまあ、ずいぶん早くから出かけたんだねぇ」
 マーシャは大急ぎで暖炉に火を入れながら、ちょっぴり首をかしげた。
「それじゃあマクシモヴィチは、お昼ごはんも食べないで森を歩き回っているのかしらね?」
 だとしたら、もうそろそろ寒くなって戻ってくるかもしれない。きっとお腹がすいているだろうから、先に料理を始めておこう。マーシャは掃除を後回しにすることを決め、台所にとってかえすと早速ジャガイモの皮むきを始めた。これだけ先に茹でておけば、いつマクシモヴィチがお腹をすかせて戻ってきてもすぐに出してあげられる。寒い外から帰ってきた時には、塩とバターを添えて食べる茹で立てアツアツのジャガイモが最高に美味しいおやつなのだ。
 マクシモヴィチが戻ってきたら、私も少しお相伴しようかしらね…。マーシャはそう思って少し多めのジャガイモの皮をむくと、鍋にお湯を沸かしてそれらを放り込み、茹で上がるのを待ちながら、シチューの仕込みを始めた。刻んだタマネギと、水で戻した乾燥キノコを軽く炒め、鶏肉も少し加えてスープで煮る。別の鍋にバターを溶かして小麦粉を炒め、ミルクとスメタナを少しずつ流し込んでトロリとしたソースを作る。これをスープでのばしながら煮込み鍋の中身に混ぜ、鍋ごとオーブンに入れて、たっぷり2時間ばかり煮込むのだ。
 仕込みの途中でジャガイモが茹で上がった。けれど、まだマクシモヴィチは戻ってこない。マーシャは手際よく料理を続け、シチューの鍋をオーブンに入れたところで一息ついた。イズバの主は、まだ帰ってこない。マーシャは待ちきれなくなって、茹でたジャガイモをひとつだけ食べた。それから後回しになっていた居間の掃除に取りかかった。

 結局、マーシャが家へ帰る時刻になってもマクシモヴィチは戻らなかった。マーシャはシチューの鍋を、火を落としたオーブンの中に入れておくことにした。こうしておけば、2〜3時間は冷めないだろう。茹でておいたジャガイモはすっかり冷たくなっていたので、持って帰ってサラダに使うことにし、代わりに自宅の分として取り分けた生のジャガイモを野菜入れにしまった。台所の片づけを済ませた後、ちょっと考えてから居間の暖炉の火も消しておくことにした。この様子では主の帰りがいつになるやら知れたものではない。
 それにしても、この寒空に一日中、森のどこにいるのやら。まったく物好きなことだ。
 火の始末を終えて外に出ると、すっかり日は傾いて辺りには夕闇が忍び寄っていた。森へ向かって続く足跡は、雪の上にまだくっきりと残っている。マーシャは少し迷った挙句、その足跡を少しだけ辿ってみることに決めた。さすがにこの時間である。森の入口に着く前に、帰って来るマクシモヴィチに出くわすかも知れない。そしたら、オーブンの中にシチューの鍋が入ってますよと声をかけて帰ろうと思った。だけど、森の入口まで行っても姿が見えないときは、仕方がないからこのまま帰ろう。マクシモヴィチは干渉されるのを好まない。森の中まで足跡を辿って探し回るのはやめておこう…。

 けれど探し回る必要はなかった。森の入口までやって来たマーシャは、そこから20メートルほど先の、ひときわ大きな白樺の幹を回り込んだ所で、足跡がふっつりと途切れているのに気がついた。ゆっくりと近づいて行って、その木の根元をそっとのぞき込む。
「おやまあ……」
 マーシャは呆れたようにつぶやいた。そこには、柔らかく降り積もった新雪の上に心地よさそうに身を横たえて眠リ込んでいるマクシモヴィチの姿があった。その身体の上にはうっすらと霜が降り、白々と光っていた。おそらく彼の手も、頬も、今では雪と同じに冷たいのだろう。
 戻ってこないわけだわねえ……
 マーシャはしばらく黙ったまま、二度と目覚めることのない眠りについた老人を見下ろしていた。それから静かに歩み寄って、彼のそばにかがみ込む。
「……何の夢を見てたのかねえ。微笑んでるじゃありませんか、アレクサンドル・マクシモヴィチ……」
 半分は独り言のように、半分は相手に話しかけるようにマーシャはつぶやき、くすくすと笑った。笑いながら、涙が出てきた。あんたは無口で、自分のことは何も話しちゃくれなかったけど、あたしは何となく、あんたの人柄が好きでしたよ。心の中だけでそう話しかけながら、マーシャは泣いた。静かに静かに、哀しみが身体の内側を満たし、それから外へと溢れ出していった。
 ひとしきり泣き終えると、マーシャはすっくと立ち上がった。さあ、村に戻って若い連中を呼んで来ようかね。この人を家に運んであげて、誰か親しい人を探して連絡してあげなくちゃ。
 すっかり夕闇に沈んだ森を出て、マーシャは歩き始める。村の家々の窓に灯る、暖かい黄色の明かりを目指して。

music :
Rachmaninoff / op.34 n.14 “Vocalise” for Cello&Piano / Narek Hakhnazaryan
https://www.youtube.com/watch?v=PGIZfsKvKgU
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie