赦される日 - Final Episode 2 -
その夜、ふと目が覚めた時、窓の外が異常に明るかった。一瞬、もう昼かと思って驚いた。朝はいつも規則的に7時頃には目が覚めるのだが…。そう思って時計を確かめると、まだ3時半を少し回ったところだった。秒針は正確に動いている。時計が止まっているわけではないようだ。
サーシャは起き出し、窓のカーテンを開いてみた。あれほど降り続いていた雪がやみ、どんよりと雲に覆われていた空は嘘のように澄みわたって、無数の星が輝いている。そしてその空の西の方で、大きな満月が冴え冴えとした光を投げ掛けており、それが降り積もった新雪に反射して、夜の空気を青白い光で満たしているのだった。
それは、息を飲む美しさだった。サーシャはしばらく身じろぎもせず、呆然と外の景色を眺めていたが、やがて服を着込むとイズバの扉を開けて外に出た。冷たく乾いた空気が頬を刺す。三日間も閉じこもっているうちに溜め込んだ慢性的な気だるさが、一瞬にして吹き飛ぶようで心地よかった。門の扉は、雪が長引きそうだと思った時点で開け放しておいたから、表へ出るのに雪を除ける必要はなかった。
ポーチの階段を降りきると、足は膝の上まで新雪に埋まった。だが幸い乾いた軽い雪で、さほど歩くのに困難はなさそうだった。サーシャは門を出ると、一歩一歩雪の中を漕ぐようにして森への道をたどった。
時刻はまだ4時を少し過ぎたばかりだった。世界はしんと静まり返り、静寂を乱すのは雪を踏みわけて歩く自分の足音だけ。日の出の遅いこの季節は、まだ鳥の声すら聞こえない。森へ向かうその道は幾度となく歩いてきたが、今は降り積もったばかりの新しい雪とほの明るい光に包まれて、まったく新しい場所のように見えた。まだ誰ひとり足を踏み入れたことのない新天地を、独り占めしている気分だった。
森の入り口に辿り着いた時、サーシャは再び息をのんで立ち止まった。
青く透明な闇が木々の間を満たし、森の奥に向かうにつれ、薄い紗を何枚も重ねるようにその色を濃くしていく。その青の濃淡の中で、月の光を浴びた白樺の木立が仄白く浮かび上がっている。まるで青く澄んだ水底に沈む、古の遺跡を見るようだった。
サーシャは再び歩を進め、木々の間へと踏み込んだが、あまりにも圧倒的な静寂の中では自分の足音さえ耳障りに思えてくる。サーシャはいくらも進まぬうちに足を止め、ひときわ大きな白樺の幹にもたれると、そこでゆっくりと周囲を見回し、改めてその幻想的な光景を目に収めた。
静かだった。耳を澄ませば、月光の粒子が降りそそぐ音さえ聞こえそうな気がする。闇に浮かぶ白樺の木々は仄かに輝いて、それ自体が発光しているかのように見えた。その輝きは今度は、ユリアの銀色の髪を思わせた。
未だに捕らわれているのだな、私は…。
サーシャはそう呟いて、自嘲の笑みを浮かべた。
ついにユリアへの想いからは逃れることができなかった。忘れようと努力したこともあるが、その特異な風貌も、初めて見せた微笑みの奇跡のような美しさも、最後に語った真実の切なさも、サーシャを捕らえて離さなかった。彼女を守りたいと心から望みながら、25歳の未熟な若造には、結局何ひとつできなかった。あの苦くやるせない思いと共に、彼女の記憶はいつまでも風化することがなかった。
二度目に愛したあの女性がサーシャのもとを去っていったのも、本当の理由はそこにあったのかも知れない。ユリアとは対照的な、黒髪の持ち主だった。そして、その髪の色とは不似合いなほど青く透き通った、宝石のような目をしていた。
あの頃は確かに彼女を愛していた。そこに偽りはなかったと、今でも思う。だが、彼女の上にユリアの面影を重ねることが一度もなかったと言えば嘘になる。内面の脆さを他人に見せまいと懸命に取り繕っていた点で、彼女はユリアによく似ていた。薄氷を踏むような緊張を強いられながら、彼女はそれでもサーシャとの関係に満足しているように見えたが、もしかすると、時々自分を透かして別の女性を見ているサーシャに気づいていたのかも知れない…
突然、ピシッという鋭い音が頭の上で響いた。氷点下の乾いた寒気が木の梢を割いたようだ。サーシャはうっすらと目を開いた。白樺の幹にもたれたまま、いつの間にか目を閉じていたらしい。少し歩こうと思ったが、寒さに感覚を失った足は巧く動かず、サーシャはそのまま倒れ込むように新雪の上に膝をついた。いったいどれほどの時間、目を閉じていたのだろう。すでに鳥たちがさえずり始めていた。月はいつの間にかその位置を変え、今は木々の梢にかかって水銀灯のように白く輝いている。
水銀灯の光の下、銀色の髪がくるりと翻る。振り返ったのは、鮮やかな笑顔だ。ああ、きれいだな、とサーシャは思った。笑っている君は、やはりとてもきれいだよ…
微笑みを返しながら、サーシャはゆっくりと雪の上に身を横たえた。
ひどく、眠かった。
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie