それならそうと最初から
「…もしもし」
『もしもし、僕だけど。どこにいるんだい?』
「どこって…マツバには関係あらへんやろ」
先ほど暴言を叩いてしまった手前、思わず憎まれ口を叩く。
『それが大いにある、修行を切り上げて戻ってきたら、コガネジムは休みだって言うじゃないか。君の家の人に聞いたら、エンジュに向かったんじゃないのかって言われるし、大慌てでエンジュまで戻ってきたのに、君はもう帰ったと言われて…』
思わず、心臓が震えた。マツバはあれほど楽しそうにしていた修行を切り上げて、戻ってきたと言うのだ。時間を見ると、まだ三時間も経っていない。恐らく、電話が切れて直ぐに戻ってきたのだ。思わず、目頭が熱くなった。
返事が無いのを、まだ怒っているととったのか電話の向こうで歯切れの悪い声が聞こえる。
『その…悪かったよ。迎えに行くから、今どこにいるのかだけでも教えてくれないか』
「…アサギの灯台」
『え…』
「アサギの灯台で待っとる。約束ほかしたら許さへんよ…」
『いや、今僕、アサギの灯台にいるんだけど…』
「……はあっ!?」
ミカンに礼を言うとジムを出て、アサギの灯台へと走った。長い階段を、一気に駆け上がる。
黒い上着に、紫色のマフラー。色鮮やかな金髪が、ふわりと揺れた。
「アカネ!」
「マツバ!こんの…あほぉっ!!」
どついてやろうと駆けていった――筈なのに、アカネの身体はふわりと、マツバの両手に包まれてしまった。しっかりと抱きとめられてしまい、言葉をなくす。思わずマツバを見上げると、そのままぎゅっと抱きしめられてしまった。
「まっ…」
「ごめん」
「っへ…」
「一度君に会ってしまったら、離れたくなくなってしまうから」
その一言で、悟った。マツバが普段、ほとんどマツバから連絡してこない理由、しっかり時間の取れるタイミングじゃないと会いに来ない理由。顔がかあっと熱くなるのを感じた。アカネもマツバの背中に両手を回すと、ぎゅうと、強いぐらいに抱きしめた。
「一日丸々でも足りないんだよ、僕は」
「…ずるい」
「え…」
「会ったらあれ言おうこれ言おー思っとったはずやのに、全部吹っ飛んでもうた…」
マツバは、ふっと微笑むとそのままアカネの頭を撫でた。
「いいよ、思い出したらいくらでも聞くから。今日は時間があるんだろう?」
そして、ひとまずエンジュに戻ることにした二人であったが…。
怪我したアカネに代わり、マツバが自転車を運転してアカネを乗せて走ると言い出した。
あまりにも目立つと反対したが、マツバはこれと決めたら曲げない性格であり、諦めさせる方が大変だと悟ったアカネはその言葉にのることにした。
マツバの運転は最初こそふらふらとしていたものの、すぐにうまく走り始めた。元々、器用なのかもしれない。
「………、ヒビキとの再戦、どないしたん?」
「ああ、ぼっこぼこにされてきたよ」
「嘘つけ、戦ってへんくせに」
「本当だよ、…君のことを考えてたら、バトルどころじゃなくなってた」
その言葉に恥ずかしくなってしまって、マツバの背中に額をこつんとつける。使用タイプはゴーストの癖に、そこそこしっかりとした体格で、背中も広い。アカネは、マツバにしか聞こえないぐらいの声量で呟いた。
「…ごめん」
「はは…君が謝ることじゃないだろ」
「せやけど、…さっき色々、酷いことゆーたから」
だから、ごめん。もう一度そう言うと、マツバは「いいよ、気にしないで」と呟いて、それきり黙りこんでしまった。
マツバ自身も照れくさくなってしまったのか、話を逸らした。
「それで、どうするんだい?このままエンジュに帰る?それとも…」
「それでええよ、マツバん家行きたい」
そうして、今日は二人でゆっくり話しをしよう。今まで口に出せなかったことも、全て。
了承する声が聞こえると、アカネはマツバにそっと、体重を預けた。
fin
作品名:それならそうと最初から 作家名:さくら藍