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それならそうと最初から

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 転んだのはアサギシティより少し手前であったせいか、周囲にほとんど人はいない。アカネは泣きそうになった。目の前が、じわりと滲んでいく。しかしその時、アサギシティから小走りでやってくる一人の人影が見えた。茶髪でロングヘアー、オレンジ色の髪留めのその姿は紛れも無く、アサギシティジムリーダーミカンのものであった。その姿さえ滲んでいるけれど、仲の良いジムリーダー仲間である彼女の姿を間違えるわけが無い。続いて聞こえてきた声が、彼女を特定する決め手となった。
「…今、こっちで凄い音がしたんだけど…って、アカネちゃん?」
「う…ミカンー!!!!!!うわああああんもううちいややあああああああ」
「ま、待ってアカネちゃん、えっと、ここで泣き出さないでっ…ね…?」
ミカンの足に縋って泣き始めたアカネをなだめると、ミカンはアカネの自転車を引っ張りながらアサギジムへと案内した。
 幸いアカネは派手に転んだ割にさほど大きい傷は付いておらず、歩くのにも支障は無かった。ひとまず膝と肘にできた傷口を洗わせてもらうとミカンが救急箱を用意していた。
「そこに座って、手当てしますから」
「え、ええよ、これくらい」
「だめです。凄い転び方してたでしょう、アカネちゃん。はい、見せて」
アカネはやむなく、傷口を差し出した。アルコールで消毒し、手際よく包帯を巻く。慣れているのか動作は鮮やかで、あっという間であった。
「はい、できたわ」
「おおきに。…ごめんな、急に押しかけてもーて」
「いいですよ、今日はジムも暇でしたから…」
ミカンは救急箱を片付けると、入れてあったお茶のカップを一つ、どうぞとアカネの前に置く。
 柑橘系の香りの強い紅茶は、一口啜ると甘酸っぱい味がした。
「ううっ…ミカンは優しいやんなぁ…どっかの冷血ジムリーダーとは比べ物にならへんわ…」
「あの…何かあったの?」
「それがなあっ!」
ミカンは、今日起こったありとあらゆることを全てミカンにぶちまけた。ジムが休みになったこと、マツバに会いに行ったら留守だったこと、結局マツバとは会えないこと、電話口で喧嘩になったこと――
 口に出せば出すほど、マツバは悪くない。わかってる。わかってるのだ。それでも愚痴らずにはいられなかった。元々ミカンはマツバに対する相談事をしていたし、二人の関係も知った仲であったから話すこと自体は問題にはならない。
「そりゃあ、うちかてもっと早くに連絡してればーとは思ったけど、いつ休みが取れるかもわからへんのがジムリーダーやん!今日の朝急に決まったんやで?しかもその時マツバはまだジョウト内にいたんやで?一言連絡してくれればちょっとは会えたかもしれへんって、そう思うんは当たり前とちゃう?」
ミカンは幾度かリアクションを取ったが、基本的には相槌を打って聞き役に回っていた。一度紅茶を啜ると、ふぅ、と息を吐く。
「でもアカネちゃん、それは、マツバくんには知りようのない情報だと思うのだけど…」
「それは…そうなんや、けど」
「あの、アカネちゃんの気持ちもわかるわ、でも…マツバくんってこう言うのも何だけど、自分の世界をしっかりと持っていてマイペースだから、そういう気持ちにはあまり敏感になれないんじゃないかな。…都合がつかない時は無理に会おうとはしてこなかったのだし、アカネちゃんはマツバくんの中では、『そういう部分は仕方ないと割り切っている、理解してもらってる』って思っているのよ、きっと」
アカネは身を乗り出して、ミカンの言葉を一つ一つ、黙って頷いた。
「でも、それってマツバくんがアカネちゃんに甘えている部分でもあると思うの。だから…」
「だから?」
「次に会ったら、その、今度はアカネちゃんが、思いっきり甘えちゃってもいいんじゃないかと、あたしは思う」
その言葉に、アカネは幾度か頷いた。思えばマツバと付き合いだして、自分はマツバに甘えているつもりでいた。現実そうであったとは思うけれど、そういった感情を押し殺す傾向にあったことも事実だった。会いたい、もっと連絡を取りたい、少しでも会えるタイミングがあれば会いたい。そんな感情を、100%言い合える関係ではなかった。一緒にいる時間はいまいち素直になり切れなくて、そういった感情を見て見ぬフリして甘んじていたことも事実だった。それに気付くと、すっと胸の痞えが外れた気がした。
 すると、アカネのポケギアが鳴った。画面には、マツバの名前が表示されていた。ミカンに視線をやると、ミカンは一度、微笑んで頷いた。