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さよならラ・ピュセル

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***

 公務で立ち寄ったその国の、首都で、『その男』と並んで歩く『彼女』を見た。

 細い首、空色の大きな眼。短い金の髪は年頃の娘に似つかわしい形に整えられ、明るい声で笑う彼女は、まるで普通の少女だった。
 当たり前の両親の元に産まれ慈しまれ、当たり前の幸福な人生を送る、泣きたくなるほど、当たり前の。

 イギリスは、愕然と背後を振り向いた。
 同じ顔の、けれどもあのころのまま痩せこけた透明に白い少女は、変わらず彼の傍ら、裸足で故国の街の石畳を踏んで遊んでいる。
「あれは、だれだ」
 一瞬でからからに干上がった彼の喉から、しゃがれた老人のような呻きが漏れる。
「あの男、なにを、都合のいい夢を…!ふざけるな、お前を見捨てて、見殺しにしておいて。ひとりだけ…!!!」
 気がつけば、叫ぶような声をあげていた。頭を掻きむしり足を踏みならして、彼は透明な少女に詰め寄った。
「泣けよ!お前の寛容の結果がこれだ、聖女様!あの男はまたお前を裏切った。おまえはここに、まだここにいるのに、あの野郎!ひとりだけ、救われたようなツラで。見たいモノだけを見て…!」
 激昂する彼を見上げ、彼女はちいさく首をかしげた。あの時とまるで変わらない大きな瞳で、まっすぐに彼をみつめて、唇を動かした。

 ――かなしまないで

「――、!!」
 あの時と、同じ顔をしていた。
「お前、」
 600年間、ついぞ思い浮かばなかった疑問が、唐突に彼の胸に兆した。

 彼女は、どうして、ここにいるのだろう。

 神と祖国への誠実を貫き、凄惨な刑死をすら、静かに受け入れた彼女。
 小さな体に誰よりも勇敢な魂を秘めたこの娘が、未だ現世に迷うことなど、ありえない。

「おまえは、もしかして――もう、とっくに」
 少女が、困ったように笑う。
 いつだって彼を置いて去っていく人間たちが、時折見せる、やわらかな微笑みだった。
 聞き分けの悪いちいさな子供を愛しげに許容する、母のような、姉のような。

 あの男は、知っていたのだろうか。彼女がとっくの昔に、輝く天の梯子を昇って行ったことを。
 そして、生まれ変わるとしたら今度こそ自由な、普通の人生を、と、祈ったのだろうか。
 そうして、だからこそ、あの男の前には、あのような形で、現れたのか。彼女は、そう、優しい娘だから。
 だとしたら、ここにいるのは。
「おまえを、ここへ、引き留めていたのは、――おれか」


 公園の鳩が、一斉に飛び立った。


 もう、いいの?
 彼女の唇が、ささやく。
「――ああ。」
 イギリスは呻いた。喉の奥がつまって、目が熱くなった。涙は流れない。けれど、
「もう、いいよ…」
 悪かった、と唇を動かして彼女を見おろした。彼女が破顔した。金の髪が揺れて、女の子だなと思った。彼なんかよりずっとずっと年下の、はたちにも満たない女の子だ。
 情けない。何年生きても、結局こうして彼らに導かれ慰められ、赦される。せめてもと、彼は笑った。むりやりつり上げた唇が、情けなく震えて、ずいぶん下手くそな笑顔だったと思う。
 少女はアーモンド型の目を優しく和らげ、くるりと背をむける。白いスカートが翻る。昇っていく。見えない階段を、一段飛ばしで駆け上るように、青い空を踏んで、雲の向こうへ。短く切った髪をなびかせて。
 つれない女だ。振り向きもしない。それはきっと、そうであってほしいと、彼が望んだから。

 聖女。やはり彼女は聖女だったのかもしれない。

「憎たらしいフランス女」

 青空を見上げ、見えなくなった後ろ姿にむけて彼は罵った。


「…俺は、おまえが嫌いじゃなかったよ」




end
作品名:さよならラ・ピュセル 作家名:しおぷ