甘い水の中で4
その晩、執務を終えたシャアが、アムロの元を訪れる。
「あ、シャア。お疲れ」
丁度シャワー室から出てきたアムロが、髪をタオルで拭きながらシャアに声を掛ける。
すると、そのアムロをシャアが思い切り抱き締める。
「わぁ、何だ?ちょっ、シャア、苦しい!」
アムロがもがくが、シャアの腕は緩まない。
「どうした?何かあったのか?」
その様子に、抵抗をやめてシャアの柔らかいプラチナブロンドの髪を優しく梳く。
「ここは君にとって“鳥籠”か?」
その問いに、数日前の自身の呟きを思い出す。
「どっかで聞いてたのか?」
この部屋に、盗聴器やカメラが仕掛けてある事には気付いていた。
ただ、それをシャアだけが管理している事にも気付いていたので何も言わなかった。
防犯の為でもあったが、おそらくこれも、シャアの不安を埋める為のものだと分かっていたから。
アムロの問いには答えず、シャアが更に抱きしめる腕に力を込める。
「別に嫌だとかそんなんじゃないよ」
アムロのその言葉にシャアが顔を上げる。
「アムロ?」
「ここで…大事に囲ってくれてるんだろ?それに…シャイアンと違ってここには貴方がいるから…別に苦じゃないよ。」
顔を真っ赤に染めて視線を逸らしながらアムロが告げる。
「アムロ…」
「そんな不安な顔するなよ。言ったろ?貴方が要らないって言うまでずっとここに居るって。信じろよ。」
「信じている。信じてはいるんだ…しかし…」
不安な表情を浮かべるシャアの顔をグイッと引き寄せ、アムロがシャアの唇に己のそれを重ねる。
色気も何も無い、唇が触れるだけのそのキスに、シャアが目を見開いて固まる。
「ここに居るから…貴方も俺を離すなよ…」
「アムロ!」
真っ直ぐとこちらを見つめて言い切るアムロに、シャアがようやく笑みを浮かべる。
「君は男らしいな。」
「貴方に言われると複雑なんだけど」
いつも抱かれる側のアムロとしては、なんだか落ち着かない気持ちだ。
「君はいつも私を驚かせる。」
「そうか?」
「君はその、汚れの無い瞳と心で人々を導く。そして、皆君に惹かれる。」
「そんな事ないよ、それは貴方だ。貴方には人々を惹きつけ、導く力がある。貴方が立てば、きっとスペースノイドは連邦の束縛から解放されて自由になれる」
真っ直ぐ見つめるアムロの琥珀色の瞳を、シャアが見つめ返す。
「君に言われると出来るような気がする。」
「出来るさ」
シャアはアムロをソファに座らせると、その足元に跪いた。
「シャア?」
そして、ポケットから足枷の鍵を取り出し、足枷の鍵穴へと差し込んでゆっくりと右に回す。それをアムロが茫然と見つめていると、ガチャリと音を立てて足枷が床に落ちた。
「おい、なんで!?」
シャアは焦るアムロを見上げて微笑むと、ポケットからまた別の何かを取り出した。
そのまま恭しくアムロの左手をとり、それを薬指へとそっと通す。
「え?」
それは銀色に光るリング。シンプルなデザインだが、しっくりとアムロの手に馴染み、その手を美しく見せていた。
「シャア…これ…」
と、そこに午前零時を告げる時計の鐘が鳴る。
「happy birthdayアムロ」
「あっ」
「君が生まれた尊い日に誓いたい。これからの私の人生を君に贈ろう。私と共に生きてくれないか?」
リングに口付けながら告げられるその言葉に、アムロの瞳から涙が零れ落ちる。
「君に側にいて欲しい。」
「何だよ、脅かすなよ。てっきり、もう俺の事要らなくなったのかと思ったじゃないか。」
足枷を外す事は即ち、シャアがアムロを手放す事。そう思っていたからこそ、足枷を外された瞬間、“要らない”と言われた気がして激しく動揺した。
「そんな訳ないだろう?君を一生手放すつもりは無い。さぁ、アムロ、返事を聞かせてくれないか?」
少し心配気に見上げるシャアに、アムロが思い切り抱きつく。
そして、顔を真っ赤にしながら、そっとシャアの耳元で「yes」と囁く。
その答えに、シャアもアムロを思い切り抱きしめた。
「アムロ…」
二人はそのまま強く抱きしめ合い、その想いを確かめ合う様に唇を重ねた。
事後の気怠い身体をシーツに埋めながら、アムロは自身の指にはまるリングを眺める。
“誰かが自分を必要としてくれている。”それは両親に見放されたアムロにとって、これ以上ない程の幸福だった。
だからシャアに監禁され、足枷を着けられた時、流石に初めは良い気はしなかったが、何処か安心している自分がいた。
自分を必要とし、繋ぎ止めてくれる人がいると思えたから…。
そんな事を考えていると、シャアがギュッとアムロを抱き締める。
「気に入ってくれたか?」
「ああ、嬉しい」
「そうか…。足枷よりも私の愛は重いぞ…それでも良いか?」
リングにキスをしながら告げるシャアに、アムロがクスリと笑う。
「足枷で繋がれて…安心してたって言ったら笑うか?」
「いや、私も君に足枷をする事で安心していた。私たちはお互い、失う事に臆病だからな…何か目に見える安心を求めてしまう。」
アムロの手に頬をすり寄せながら見上げるシャアにコクリと頷く。
「そうだな…」
「アムロ、私にも足枷を着けてくれないか?」
そう言いながら、シャアはアムロに贈ったものとお揃いのリングを取り出し、アムロに手渡す。
「君も私を繋いでくれ」
そのリングを見つめ、アムロが微笑む。
「ふふ、繋がれるのも嬉しいけど…繋ぐのも嬉しいもんだな。」
シャアの左手を持ち上げ、ゆっくりとリングを薬指に通す。そして、シャアがしてくれたように、そのリングへと唇を寄せた。
「シャア…。貴方は俺のものだ…。一生離さない。覚悟しろよ」
「ああ、望むところだ」
end
きっとこの後、第2ラウンドに突入した事でしょう。翌日のギュネイへの訓練はお休みかな。
さて、次はブライトパパに結婚報告!