第二部5 (78)憎悪
アネロッテは苛立っていた。
先程すれ違った姉が、同性の自分から見ても思わずドキリとする程、艶めいて美しくなっていたからだ。
実は父親が違う姉―。
アネロッテは小さい頃からこの姉が嫌いだった。
長女という事で、親や執事を初めとする使用人たちに殊に大事にされ、また彼女もこのアーレンスマイヤ家の長女たる自覚を持ち、持ち前の聡明さで次期当主として当たり前にこの屋敷に女王様のように君臨していた彼女。
物心ついた時から、アネロッテはそんな姉の存在が疎ましくて仕方がなかった。
姉は彼女のそんな気持ちにはまるで気が付いていないようだった。
当然のように周りに愛されて敬われて来た姉は、当たり前のように妹を愛し、世話を焼いた。
そんな姉にますます苛立ちを募らせ、加えて思春期に母親から衝撃的な事実―、自分が不義の子であると打ち明けられてから、その感情はやがて憎悪へと変質していった。
姉が本当はとても美しく、本気で装えば自分よりもはるかに気品のある美貌を備えていることも幼い頃から知っていた。
尤も姉はそんな自分の美貌には、とんと気づいていないようであったが・・・・。
だからアネロッテは幼い頃から必死に美貌を磨き魅力的な自分を演出することに、総力を傾けた。
魅力的な自分に惹きつけられる他人―、殊に異性にチヤホヤと女神のように崇め奉られる自分の姿を姉に見せつけ、それにひきかえ自分が地味な冴えない女であると思春期の姉に刷り込ませた。
そして思春期の姉妹にピアノを教えに来ていたピアノ教師。
姉が一目でそのピアノ教師―、ヘルマン・ヴィルクリヒに心を奪われた事を、人の心の機微に敏感なアネロッテはすぐに察した。
だから―、その純な心を踏みにじってやった。
自分の友人―、数多くいる友人たちに「姉がピアノ教師の学生にのぼせ上っており、見るも滑稽である」と吹聴した。
アネロッテに群がる薄っぺらな友人たちは、面白おかしくその噂を忽ち街中にばらまいた。
かくしてマリア・バルバラのうぶな初恋は、薄汚れた興味本位の手垢に汚され街中に知られることとなった。
マリア・バルバラは母親から身を慎むよう厳重に注意され、ヘルマン・ヴィルクリヒはピアノ教師をくびになった。
街中のマリア・バルバラを知るものが興味本位の目で彼女を見、あるいは知ったような口調で年長風を吹かせ彼女に忠告をした。
マリア・バルバラは貶められ、全てはアネロッテの思い描いた通りになった。
なったはずだった。
しかしアネロッテが一つだけ思い描いた通りにならなかったことがあった。
それは、当の―、傷つけ貶めたはずの姉本人が相変わらず顔を上げ毅然としていた事だった。
周りの人間から何を言われても、陰で嘲笑されても、彼女は平然と胸を張り、いつものように毅然とした表情を浮かべて、アーレンスマイヤ家の女王然と振る舞い続けた。
そんな―、何物にも何事にも折れず変えられることのない姉の姿に、アネロッテはますます苛立った。
傷つけ踏みつけたのは自分の筈なのに―、姉は恥をかいて良家の子女として最も大切な体面を汚されたはずなのに―。
何故そんな泰然と顔を上げていられる?
周りの声など耳にも入らぬ といった風情で日々を送れる?
私の、独り相撲だったということ??
私は…物心ついた時から周りの顔色と機微を窺って、その場に一番ふさわしい自分をずっと演じ続けて来たというのに!
許さない!
マリア・バルバラの初恋は心無い悪意によって汚され晒し者に去れたが、それにも関わらず彼女は一途に初恋の男性を想い続け、持ち込まれた縁談に頑として首を縦に振らないうちに、母親が急死し、家は急速に傾いた。
いつの間にか「傾いたアーレンスマイヤかのハイミスの長女」としてマリア・バルバラは街の人に位置付けられていた。
傾いた家にしがみつくしかないハイミスの長女―。
マリア・バルバラを語るそんな言葉にアネロッテは心中ほくそ笑んでいた。
しかし―。
この数か月で事態が変わった。
姉の元に熱心に通ってくる男性が現れた。
その男は失踪した弟 を名乗っていたが実の所は妹―、の学校の先輩であるようで、まだ二十歳前のゼバスの学生で、姉よりも10歳年下だった。
最初は若いくせに物好きな男―、ぐらいにしか思っていなかったが、齢に不相応な落ち着きがあり、存外に勘が良く頭の回転も早い。
早々に自分が監視につけたヤーコプの存在に気づき警戒しているようである。
そんな彼に姉も心を許し、二人はすぐにお互い引き寄せられ、親密になって行った。
この男がこのまま、姉の傍らにい続けることは、自分のプラスにはならない。
寧ろ今後姉以上に目障りな存在になってくるだろう。
そして姉の変容。
相変わらず地味な日常を贈っているが、彼女は日一日と美しくなっていく。
そして最近をれを彼女自身も自覚しているのは、明白だった。
先程すれ違った姉が、同性の自分から見ても思わずドキリとする程、艶めいて美しくなっていたからだ。
実は父親が違う姉―。
アネロッテは小さい頃からこの姉が嫌いだった。
長女という事で、親や執事を初めとする使用人たちに殊に大事にされ、また彼女もこのアーレンスマイヤ家の長女たる自覚を持ち、持ち前の聡明さで次期当主として当たり前にこの屋敷に女王様のように君臨していた彼女。
物心ついた時から、アネロッテはそんな姉の存在が疎ましくて仕方がなかった。
姉は彼女のそんな気持ちにはまるで気が付いていないようだった。
当然のように周りに愛されて敬われて来た姉は、当たり前のように妹を愛し、世話を焼いた。
そんな姉にますます苛立ちを募らせ、加えて思春期に母親から衝撃的な事実―、自分が不義の子であると打ち明けられてから、その感情はやがて憎悪へと変質していった。
姉が本当はとても美しく、本気で装えば自分よりもはるかに気品のある美貌を備えていることも幼い頃から知っていた。
尤も姉はそんな自分の美貌には、とんと気づいていないようであったが・・・・。
だからアネロッテは幼い頃から必死に美貌を磨き魅力的な自分を演出することに、総力を傾けた。
魅力的な自分に惹きつけられる他人―、殊に異性にチヤホヤと女神のように崇め奉られる自分の姿を姉に見せつけ、それにひきかえ自分が地味な冴えない女であると思春期の姉に刷り込ませた。
そして思春期の姉妹にピアノを教えに来ていたピアノ教師。
姉が一目でそのピアノ教師―、ヘルマン・ヴィルクリヒに心を奪われた事を、人の心の機微に敏感なアネロッテはすぐに察した。
だから―、その純な心を踏みにじってやった。
自分の友人―、数多くいる友人たちに「姉がピアノ教師の学生にのぼせ上っており、見るも滑稽である」と吹聴した。
アネロッテに群がる薄っぺらな友人たちは、面白おかしくその噂を忽ち街中にばらまいた。
かくしてマリア・バルバラのうぶな初恋は、薄汚れた興味本位の手垢に汚され街中に知られることとなった。
マリア・バルバラは母親から身を慎むよう厳重に注意され、ヘルマン・ヴィルクリヒはピアノ教師をくびになった。
街中のマリア・バルバラを知るものが興味本位の目で彼女を見、あるいは知ったような口調で年長風を吹かせ彼女に忠告をした。
マリア・バルバラは貶められ、全てはアネロッテの思い描いた通りになった。
なったはずだった。
しかしアネロッテが一つだけ思い描いた通りにならなかったことがあった。
それは、当の―、傷つけ貶めたはずの姉本人が相変わらず顔を上げ毅然としていた事だった。
周りの人間から何を言われても、陰で嘲笑されても、彼女は平然と胸を張り、いつものように毅然とした表情を浮かべて、アーレンスマイヤ家の女王然と振る舞い続けた。
そんな―、何物にも何事にも折れず変えられることのない姉の姿に、アネロッテはますます苛立った。
傷つけ踏みつけたのは自分の筈なのに―、姉は恥をかいて良家の子女として最も大切な体面を汚されたはずなのに―。
何故そんな泰然と顔を上げていられる?
周りの声など耳にも入らぬ といった風情で日々を送れる?
私の、独り相撲だったということ??
私は…物心ついた時から周りの顔色と機微を窺って、その場に一番ふさわしい自分をずっと演じ続けて来たというのに!
許さない!
マリア・バルバラの初恋は心無い悪意によって汚され晒し者に去れたが、それにも関わらず彼女は一途に初恋の男性を想い続け、持ち込まれた縁談に頑として首を縦に振らないうちに、母親が急死し、家は急速に傾いた。
いつの間にか「傾いたアーレンスマイヤかのハイミスの長女」としてマリア・バルバラは街の人に位置付けられていた。
傾いた家にしがみつくしかないハイミスの長女―。
マリア・バルバラを語るそんな言葉にアネロッテは心中ほくそ笑んでいた。
しかし―。
この数か月で事態が変わった。
姉の元に熱心に通ってくる男性が現れた。
その男は失踪した弟 を名乗っていたが実の所は妹―、の学校の先輩であるようで、まだ二十歳前のゼバスの学生で、姉よりも10歳年下だった。
最初は若いくせに物好きな男―、ぐらいにしか思っていなかったが、齢に不相応な落ち着きがあり、存外に勘が良く頭の回転も早い。
早々に自分が監視につけたヤーコプの存在に気づき警戒しているようである。
そんな彼に姉も心を許し、二人はすぐにお互い引き寄せられ、親密になって行った。
この男がこのまま、姉の傍らにい続けることは、自分のプラスにはならない。
寧ろ今後姉以上に目障りな存在になってくるだろう。
そして姉の変容。
相変わらず地味な日常を贈っているが、彼女は日一日と美しくなっていく。
そして最近をれを彼女自身も自覚しているのは、明白だった。
作品名:第二部5 (78)憎悪 作家名:orangelatte