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蒼龍な二人

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「じゃあネフト族の巣へ行ってくるわね……そっちは一人で大丈夫?」
「子供じゃねえんだ。そっちこそ気をつけろよ」
 心配そうなカタリナの視線を肩で受け流しながらハーマンは苦笑いを浮かべた。真剣な表情でカタリナは言葉を続ける。
「虫の姿をしていると言ってもネフト族はおとなしい種族らしいわ。話し合いが終わればすぐに戻ってくるから」
 分かった、分かったというふうに手を振るハーマンを尚も気に掛ける素振りを見せつつ、カタリナたちはツィーリンと共に幕家を出ていった。ハーマンの後ろでバイメイニャンが言った。
「えらく気に掛けてもらってるんだね」
「揉め事でも起こされるんじゃないかと思ってるんじゃねえか」
「おやまぁ」
 ハーマンは振り返り、面白そうに微笑んでいるバイメイニャンを正面から対峙した。
 小柄な皺くちゃ婆さんだが、目の奥の光は鋭い。気を引き締めてかからないと飲まれそうな威圧感があった。術の研究がどんなものかは知らないが、さっさと終わらせるに限るだろう。
「西の人間を見たのは初めてだが、お前さんは特に珍しいようだね。根っからの武人のようだが術に頼らざるを得ないのはその体のせいだろうね」
 ハーマンがバイメイニャンを観察していたのと同じく、向こうも彼を観察していたようだ。体のことを言われてハーマンは苛立たしげに、持っていた杖で床を突いた。
「隻眼が珍しいか? 片足が珍しいか?」
「そうじゃない」
 ハーマンの不機嫌そうな声を物ともせず、切って返すようにバイメイニャンは言った。
「あたしが言いたいことはそんなことじゃないさ。……だが、まぁいい。ともかく行こうじゃないか。ここじゃろくなことも出来やしない」
 そう言うと意外に軽やかな足取りでハーマンの横を通り抜ける。慌ててハーマンも後を追った。
「おい、行くってどこに行くつもりだ。ろくなことも出来ないって、何するつもりだ?」
「ごちゃごちゃ言わずに黙ってついてくれば分かる」
 村から少し離れた岩山に大きな洞窟があった。バイメイニャンに続いて入ったハーマンは中の広さに驚いた。先程の幕家数軒分はあろうか。天井は上にいくにつれて暗くなっており、その高さは見当がつかない。
 バイメイニャンはゆっくりとハーマンを振り返った。
「あたしの見る所、お前さんはあたしと同じ、風を操る蒼龍の使い手だね。早速、お前さんの術を見せてもらおうか。この洞窟はちょっとやそっとじゃ壊れないように術の力で補強されている。遠慮はいらない。的が欲しければ入口近くのあの岩を狙えばいい」
「お、おぅ」
 頷いたハーマンはバイメイニャンから離れ、洞窟の入口脇にある大岩に向かって片手を差し出した。
「ウインドダート!」
 緑色に輝く幾つもの矢が、風を切り裂く軌跡を描きながらハーマンの手から放たれる。バイメイニャンの言うとおり、岩に亀裂が入ることもなかったが、衝撃の強さに洞窟内の空気がびりびりと震えた。
 表情一つ変えずに、バイメイニャンは考えるように小さく頷いた。
「まぁまぁの威力だね。鍛錬を積めば矢の数はもっと増えるだろう。他には」
 横柄な口調が癪に障り、ハーマンはとっておきの術を出すことにした。気持ちを落ち着かせ、下腹に力を溜める。洞窟の中をかすかに流れる風の力を体の中へ感じ取っていく。
「トルネード!」
 突風とともに空気が巻き上がり、轟音を立てながら洞窟内に浮かぶ輝くその姿はまさしく輝く龍であった。対象となる敵がいたならば間違いなくずたずたに切り刻まれているだろう。
 どうだと言わんばかりにハーマンはバイメイニャンを振り返った。
 自ら巻き起こした風によって身を守っていたバイメイニャンは、にやりと笑った。
「なるほどね。術だけに特化すればその威力はもっと増すじゃろう。お前さんは後天的な力以上に、生まれ持っての術士としての才能があるようだ。司る宿星は太白のようだが、風を操る力をもともと持っていたのではないか?」
 尋ねられ、思い当たることがあったためにハーマンは頷いた。
「そうだな……わしは昔、船に乗っていたんだが、強く祈ることによって風向きを変えることが出来た。それがそうかもしれないな」
 やはりな、と頷きながらバイメイニャンは洞窟の奥へと歩き出した。
「こっちに来てもらおうか」
 石棚に置いてあった灯りに火をともし、横穴の一つに入る。
 そこは中がくり抜かれてちょっとした部屋のようになっていた。先程の幕家のように敷物が敷かれ、幾つもの円座が置いてある。部屋の中央にハーマンを座らせたバイメイニャンは、入り口の布を下ろし、持っていた灯りの火も小さくした。
 薄暗い部屋の中は、頭がくらくらするような甘ったるいような匂いが漂っている。重々しい口調でバイメイニャンは言った。
「じゃ、服を脱いでもらおうか」
「は?」
 ハーマンは焦った。
「な、何言ってやがるんだ。ばばあ」
「じじいにばばあと言われたくないね。それに勘違いするんじゃない。術の威力を知るのに、衣服や装飾品で強化されていることもあるから、それらを取り除いて本来の力を知るためじゃよ。服を脱いだらこれを飲んでもらおうか」
「そんなもの身に着けちゃいねえよ。それに何だこの飲み物は」
「それも、本来の力を知るための矯正力を抑える薬じゃ。心配することはない。数時間したら効果は消える」
「眠り薬とかじゃねえだろうな」
 情けない声でハーマンは言った。
「なんであたしがお前さんを眠らせなきゃいけないんじゃね。いいからさっさとお脱ぎ。術を使うことによって、体の変化も見たいんじゃ」
「ちくしょう、好きにしやがれ」
 東の最果てのこの地で、力を持っているだろうこの老女の機嫌を損ねる訳にはいかないと腹を括り、ハーマンは潔く上着を脱ぎ、上半身を晒した。年老いた外見のわりに、鍛えられた体はまだ衰えてはおらず、隆々とした筋肉を見たバイメイニャンは目を見開いた。
「おい、今、頬を赤らめただろう?」
「バ、バカなことを言うんじゃないよ!」
「やめてくれよ全く」
 心なしか目をそらせるバイメイニャンから飲み薬を受け取りながらハーマンはため息をついた。

作品名:蒼龍な二人 作家名:しなち